金環日食
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先日新聞で紹介されていた「藤枝かおり」です。
藤枝市にあるJAがやっている「まんさいかん」という農産物直売店で売っているようです。この「まんさいかん」はかなり成功しているらしく、お客の入りがとてもよい、と聞きます。そろそろ藤枝かおりの新茶もでるでしょう。そのうち行ってみるかな。
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2月に「苗を準備」、と記事にしましたが、畑に定植後、すくすくと成長してきました。4月下旬頃から食べ始められ、ただ今最盛期。毎日ウサギさん状態です。やはり目の前で育ったものを食べる直前に収穫できるのは最高の贅沢ですね。トウが立つまで、まだ一ケ月以上は食べられるな。いただきまぁす♪
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両河内でも何軒かが作っている清水茶「まちこ」。今まで何度か私のブログでも紹介しましたが、商標登録して、10年になるそうです。写真の新聞記事は八十八夜を過ぎた5月6日静岡新聞朝刊。そろそろ販売にも出回りますので、今年も飲んでみましょう。独特の香りを楽しみながら。
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先日、かいのどうぶつえん 園長が山梨ミカントラストファームに来て動物作りのワークショップを開いてくれました。皆、それぞれに作りたい動物を予め申請しておき、それに合わせて貝のキットを用意してくれました。老いも若きも結構必死になって制作に取り組み、それぞれ個性的な動物たちができあがりました。
写真は私が作った「フクロウ」。フクロウはキットになく、自分で色々な貝を組み合わせて作ります。親のフクロウは園長から教わった貝を組んで作りましたが、「子どもも作ろう」、と小さいのは自分で適当に貝を選んでこさえました。
しかし、貝で表現する、とは楽しい発想ですね。今回園長はご自身の作品も展示してくれましたが、ただ貝で動物を作るだけでなく、カエルのビートルズや、ブレーメンの音楽隊をモチーフにした作品など、とてもユニークなものがたくさんありました。またそのうち紹介しましょう。興味のある方は、下記のリンクから「かいのどうぶつえん」へどうぞ。
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八十八夜がすぐやってきますが、我が両河内ではまだお茶刈りは本格化していません。やはり地域的に気温の関係でしょうか、少し遅いのですね。毎年、連休が明けてから本格化する感じです。
それまで、タケノコ掘りに精を出す農家が多いのです。先だってもタケノコをいただきましたが、そのデカイこと。あまりに大きくて規格からはずれてしまうそうです。でも味は全然変わらないのです。
タケノコをいただくと、その日の夜は「刺身」で食べます。そう、ワサビ醤油で。この食べ方をするとタケノコの味がよくわかります。色々なお宅からそれぞれに収穫したタケノコをいただきますが、実は味がずいぶんと違うのです。本当に驚くほど甘いタケノコが時々あります。どうしてこんなに違いが出るのか、よくわかりません。
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これは何でしょう???実は「松の実」です。左端の黒い部分が「実(タネ)」です。そこから右の方に伸びているのは昆虫の羽根のような感じのものです。写真ではよくわからないかも知れませんが、とても薄いものです。
どうしてこうなっているのか、といいますと、これを上から落としてみると、タネの部分を下にして、羽根の部分はクルクルと螺旋状態に渦を巻きながら回転してゆっくり落ちていくのです。風にのっでも少しでも遠くに子孫を残そうという松の知恵なのですね。
どうやってなっているのか、というと左の写真です。これは松ぼっくりのアップですが、普通に見る松ぼっくりのヒダの間に小さい舌のようなのが見えますよね。これが「実」です。冬に裏山の尾根にある松林からとってきた松ぼっくりから実が出てきたのです。実は私も初めて実物を見ました。
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3年と数ヶ月使っていた携帯の調子が悪くなりました。「新しい携帯に代えよう」と思ったのですが、ハタと思考が止まりました。スマホは欲しいと思わないし、何にしようかな???
以前は携帯で写真をバシャバシャやっていましたので「画素数が多いのがいい」等と選ぶ基準にしていましたが、今はデジカメを常に持っていますので携帯で写真撮りませんし。
私が携帯に求める機能は何だろう?と考えてみると、先ず、防水機能は欲しいな。後は?あれ、思いつかないや。とりあえずワンセグが見られると便利、ぐらいでしょうか。そんな気持ちで携帯ショップに行ったら、在庫がある中ではシニア仕様のが一番私の求めるのに合っていました。まぁ、いいや何でも、と決めました。これから何年間かはこの携帯とおつきあいですね。よろしく♪
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2月下旬にポットへ植えかえてあったレタス苗。ひと月で大分大きくなりました。お彼岸も過ぎたことだし、そろそろ畑へ定植します。「お彼岸が過ぎた」と言いましても、先日は朝にマイナス1度まで下がりまして、なかなか暖かくなった、と実感できません。それでもさすがに桜の季節にもなりましたし、レタスの畑での成長を楽しみにしましょう。
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我が家のすぐ上の護岸崩落現場は工事が進んでいます。近づいてよく見ると、流れてしまった部分を掘り起こして、かなり深い場所から基礎を作るようです。
しかし、手前の崩れていない部分は、アレアレ???浮いている感じです。ここは手をつけずに埋めてしまうのかな???そうなると今後の大水が心配だな。多分こんな具合の護岸がまだ多いのでしょう。全てを改善できないのでしょう。また被害が出ると直す手法???
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久しぶりに清水駅前の写真を撮りました。この前撮ったのが昨年5月でした。ちょうど同じアングルですが、全く変わりました。古いビルがなくなった時に「西友」が見えましたが、今ではもちろん見えません。完成すればもっと変わるのでしょう。
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我が大島地区の護岸被害現場の修復工事が進んでいます。護岸を一度壊して作り直すようです。何故か???と思ったらそれには訳がありました。その理由はまた明日にでも記事にします。
今日は、この護岸を崩す前の写真を別にアップしましょう。
護岸の下の方の石垣が浮いている感じですよね。これが原因なのです。
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2月23日は「富士山の日」(と静岡県ではなっています)。昨年末に「富士山百人一首」を紹介しましたが、今月に「富士山百人一句」と「富士山万葉集」がでました。
富士山百人一句は古今の俳人の区を、富士山万葉集はこれから順次発行して20集まで目指すそうです(万葉集が二十巻だからとか)。ちなみに下の「富士山俳句」は山梨県で編まれたもの。富士山世界遺産登録に向けて、周辺のイベントもヒートアップしてきました。
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静岡茶の祖といわれる、聖一国師ですが、功績に感謝して国師真像をここに安置して開眼の義を行ったのは昭和29年のことだそうです。
場所は以前「ヤングランド」と言われた遊園地の中、昔は狐ヶ崎遊園地と呼ばれた遊園地の中です。
何故、遊園地の中に??と思いますが、「ちゃっきり節」をコマーシャルソングとして作ったのが狐ヶ崎遊園地ですから、そんな関係もあるのかも知れません。また、聖一国師が初めて仏門に入った久能寺にも近い場所だからでしよう。
今でも毎年春と秋に法要を行っているそうです。今度行ってみようかな。
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仕事で静岡のコンベンションアーツセンターグランシップへ時々行きますが、10階(だったかな)に展望ロビーがあります。富士山もきれいに見えますし、静岡の街を眺めるのも好きなので、時間があると必ず足を運びます。
そこから見た風景の一部がこの写真ですが、展望台には風景を説明した
写真もあります。それが下のものです。
いつの写真かわかりませんが、グランシップができたのは「平成11年3月」とありますから、その頃の風景なのでしょう。
山の形はもちろん同じですが、建物はずいぶん変わっています。看板などを見ているとなくなったものは、「どうしたのかなぁ」、と色々想像してしまいますね。
結構写真で昔の風景と今の風景を比べられます。そこにはなかなか興味深い発見があります。カテゴリーを新設しました。これから時々拾ってみましょう。
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時々パンジーの安売りを記事にいますが、ついに24鉢入って100円でした。ですから写真は200円也。
実はポットから出すと根が窒息寸前になっています。可哀想に、売れ残ってポットのままで成長しすぎたのね。それでも、ポットから出して、少しほぐしてプランターや庭に植えかえれば、半月ぐらいで元気を回復します。その後は6月ぐらいまで花をつけますので安いものです。
園芸屋にはまだまだたくさん売っていました。さて、庭に植えまくるぞ。
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以前、西里地区への地名変更の際に出た「竹澤義夫氏」。昭和初期に学習院の先生だった方ですが、出身地は河内の中村地区であることがわかりました。
では「中村のどこ??」、となるわけですが、聞き回りましたら、今では別の竹澤さんが暮らしている所でした。
ここのジィさま(昭和7年生まれ)にお話を聞きましたら、
「オヤジが竹澤義夫先生の家を買った」とのこと。「俺が3歳ぐらいの時(昭和10年頃)だから、広い家だったことは覚えている」、「広間に囲炉裏があって、チビだった俺がはしゃいで転げ落ちて鍋をかぶって今でもやけどの跡がある(と首筋の火傷跡を見せてくれる)」。
とにかく、あまりに広い家だったので、家自体は小河内の人に売って今の家は大平で買って作ったとのこと。ですから、この家が竹澤義夫氏の育った家ではありません。この土地に古い家があったのです。
このジィさんの話しによると、どうも直系の家は絶えてしまったようです。しつこく、これからも調べてみましょう。
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