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2010年6月30日 (水)

一碧湖 その2

Photo_2  緑に包まれた一碧湖畔は散歩やジョギングに最高の場所ですが、標識や案内が不十分でした。どうやら自治体はあまり重きを置いて考えていないのでしょうね。近くの伊東市立大池小学校の児童が書いた案内があちこちに掛かっていまして、読みながら道をたどりました。なかなかおもしろい内容がありましたが、あと半年もすればゴミになってしまいそうです。
 また、一碧湖畔に貸しボート屋などがあります。その近くに蕎麦屋がありまして、私が行ったのは木曜だったのですが、木曜は定休日でした。その定休日は蕎麦屋の駐車場を自由に開放していまして、これはとてもありがたかったです。駐車場もあまりないところですので、蕎麦屋のこの配慮には拍手です。

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2010年6月29日 (火)

一碧湖

Photo  先日、伊豆へ行きました。伊豆へは何度も行きましたが、見どころはたくさんありまして、まだまだ回りたいところがまだまだあります。
 今回、ジョギングとしてお勧めなのは「一碧湖」。湖の周囲の歩道が整備されていまして、ちょうど4Kmほどになります。ここで感心したのは、歩道のほとんどが緑のトンネルになっていることです。大きな木の枝が頭の上を覆い被さっています。これから日差しの強い夏になっても、遊歩道は快適な日陰です。あまりアップダウンもなく、湖畔の風景や、泳いでいる魚を見ながら走るのはとても快適でした。

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2010年6月28日 (月)

舞阪、旧東海道

Photo_3  先日、湖西へ仕事で行った際、帰りに舞阪で東海道から分かれて「旧東海道」を走りましたら、とても気持ちのいい景色に出会いました。まっすぐの松並木は弥次喜多が歩いていそうな・・・これは自動車でなく、歩いて楽しみたいところです。
 どうも松伐採を少ししたので松並木には今まで以上に反応するようです。かなり古い松もあるようでした。今回は自動車をゆっくり走らせながら眺めただけ出てすが、やはり歩いて行きたいな。

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2010年6月27日 (日)

マコモダケ

Photo_2  いつも通る、知り合いの水田がなんか違うんだよな、と思って車を停めて写真を撮りました。左は先日、田植えをした米の苗です。右は???聞いてみましたら、「マコモダケ」だそうです。
 ネットで調べたら、色々記事が出ていましたが、私も初めてお目にかかりました。この田んぼのご主人は「売り先を探さないと」と言っていましたが、どんなのが収穫できるのか、私も楽しみです。もちろん食べてみたいな。

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2010年6月26日 (土)

よっ、小太郎、男前♪

Photo  毎朝、パルちゃんに挨拶に来る、兄さんと共にやってくる小太郎くん。先日、すっきりしていましたので、記念の写真を一枚。嬉しそうな顔をしているよう、な感じがします。蒸し暑い気候ですが、これならさわやかに過ごせるでしょう。

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2010年6月25日 (金)

ただ今、ガンダムの制作途中です

Photo_10  JR東海道線の東静岡駅前にガンダムが出現します。しかし、恥ずかしながらガンダムって私はよく知らないのです。鉄人28号は熱中しましたが。
 それはさておき、今年の7月に全長18mのガンダムがお目見えします。制作現場は塀に囲まれていますが、あと頭が乗るだけのガンダム像は道からもよく見えます。
 完成すれば全国のガンダムフリークがお詣りをするのでしよう。

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2010年6月24日 (木)

羽衣の松

 清水の三保、と言えばやはり「羽衣の松」でしょう。松林の海岸線から眺める富士山も東京の風呂屋では壁絵の定番となるほど有名ですが、その松の象徴的存在がこの羽衣の松です。Photo_9 樹齢650年、太い枝は支え棒に支えられて生活しています。
 そこで考えつくのは誰でも同じ、「二世」を作ることです。その二世の写真が下です。これが一世と同じような大きさになるには650年かかるのかな。その雄志を見ることはできないな(当然じゃ!!)。
 しかし、この説明文の看板、やはり何とかして欲しいですなぁ。全国からお客さんが来るでしょうに。せめて、拭いてあげればいいと思うのですが、できない理由があるのかしらん。

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2010年6月23日 (水)

清水五中の風景

Photo_5  静岡市立清水第五中学校は三保の海岸沿いにあり、松林の囲まれています。残念ながら、その中にも今回切り倒された松がありました。上の写真は切り倒す前に撮ったもの。テニスコート沿いに堂々と立っていますが、松葉は赤く変色してしまっています。樹齢は150年程でしょうか。Photo_6
 下の写真は伐採後。手前の木とともに奥にあった3本立っている内の1本も伐採されました。やはり、私としては松に合掌せざるにはいられません。五中の卒業生も、学舎を訪れた際、風景の変化に時の流れを感じるのでしょうか。

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2010年6月22日 (火)

レクイエム 西野花菜 さん

100620  先日、奥浜名湖でボートが転覆し中学生一人が亡くなりました。その翌日、仕事の関係で三ヶ日へ行きましたが、途中で浜名湖サービスエリアから事故の方向へ合掌しました。救出後の点呼が十分にとれてなく、結果として一名の不在が判明するまで時間がかかった、という何とも悔やまれる対応でした。
 また、合宿所のトラブル対応も、十分とはいえないようです。いま、自治体が作った色々な施設が、予算の関係などで「指定管理者制度」として、民間に委託される例が増えていますが、予算の切りつめがこのような悲劇を生む土壌ではなかったのか、私たちも十分も見ていかねばなりません。
 写真は事故の二日後早朝の奥浜名湖畔です。うねり狂う波が信じられないような、おだやかな風景でした。西野花菜さんとは、もちろん面識はありませんが、改めて合掌。

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2010年6月21日 (月)

昔の海岸沿いの生活

Photo_4  松の切り倒し作業をしていると、近所の方々も足を止めて見ていきます。高齢の方は、色々と思い出話しも語ってくれます。「昔は、女衆が松葉を拾いに来たもんだ。松ぼっくりなんかは、火がほとほとして重宝がられた。」と。松ぼっくりは火を付けると炭みたいに火持ちがしたのでしょうね。
 先日、私がコーディネータを務めたシンポジウムでシンポジストとして参加していた、「
三保羽衣村」の代表の方が、「三保の松枯れは堆積した松葉にも大きな原因がある」と言っていましたが、昔は松林に人が入り、適度に枯れた松葉を取り去っていたので、上手く循環していたのでしようか。人間の生活が自然体系の一部として、知らず知らずの内に他の生き物の生活を支えていたのでしょう。切り倒された太い幹に、5年ごとに実施される、「害虫駆除済み」の票がたくさん貼られているのを見て考えさせられました。薬を使った予防だけでは、松枯れを完全に止めるのは難しいのでしょうかねぇ。

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2010年6月20日 (日)

枯れ松の伐採作業

Photo_3  今回、三保へ行ったのは枯れ松伐採作業の応援でした。三保海岸の松林は枯れる木があり、専門家が、「これはダメだ」と判断した松は倒壊の恐れがあるので、伐採されてしまいます。しかし、樹齢が100年を越すような巨木も多く、切り倒す際に他の松や人家などを直撃すると、とんでもないことになります。従って、クレーンで吊り、高所作業車を使って慎重に切り倒していきます。重機がなければできない仕事です。
 200年近く生きた木も、切り倒されるのは約2時間。心の中で思わず、合掌してしまいます。

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2010年6月19日 (土)

清水灯台

Photo_2  三保半島の先端には灯台があります。通常、「三保の灯台」などと呼んでいますが、正式には「清水灯台」という名称なのです。
 明治45年に立てられた、日本初の鉄筋コンクリート造りの灯台だそうです。もちろん現役です。
 しかし、ここの説明板もだいぶくたびれていました。予算がないのかな?三保の灯台なんて訪れる観光客も多いでしょうに。

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2010年6月18日 (金)

三保 二本松

Photo  清水区三保へ頼まれ仕事で伺いました。同じ「清水区」内ですが、我が家からだと自動車で1時間はかかります。結構距離もありますし、同じ区内でも正直言ってあまり行ったことがありませんでした。先日は、三保で街おこしの活動をしている方と初めてお会いして、いろいろ興味深いお話も伺っていまして、ここのところ三保づいています。
 さて、写真は「二本松」。昔はここに巨大な二本の松が立っていたそうです。沖を行き来する船からは、ありがたい目印だったとか。現在では倒壊してしまい、これは二代目。巨木になるにはあと最低100年はかかるでしょうか。しかし、この看板は何とかなりませんかねぇ。みすぼらしくて、かわいそうです。

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2010年6月16日 (水)

下手に出る?パルちゃん

Photo_4  犬同士がファーストコンタクトした時、どんな行動をするかは、見ていて楽しいです。パルは先ず、はいつくばって下から相手を見上げるような恰好をしまい。これは下手に出ているのでしょうかねぇ。
 この日も「ギンちゃん」とご対面。網を間においての対面でしたが、ご覧の通り。「パルは若いのに社会性があってエライな」、と飼い主は親バカになっていました。

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2010年6月15日 (火)

共栄会

Photo_3  先日、大平演歌倶楽部も参加して、ステージがありました。今回初めて、一緒に演奏をしたバンドが、「共栄会」と言いまして、だいぶ高齢の方々が演奏をしているバンドです。なにせ、「立って演奏すると格好いいんだけぇが、30分が立ってられないんだ」とのメンバーの弁です。
 昭和の歌謡曲や演歌を演奏していましたが、皆さん楽しそうでした。あまり話しはできませんでしたが、昔から好きでやっているのでしょうね。私もあやかりたいものです。

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2010年6月14日 (月)

雲南百薬

Photo_2  いつも寄る園芸店に「雲南百薬」という野菜が出ていました。「漢方薬になっていいよ」と言われ、一鉢、150円だったので買ってきました。帰宅して調べたら「ツルムラサキ」の仲間のようです。それなら、ツルがどんどん伸びる感じでしょうから、育てるにはそんなに難しくなさそうです。早速、日が当たり、ツルが伸ばせる場所へ植えました。
 園芸店で、今まで見たことのない野菜苗を見つけると、つい買ってしまいます。去年は「ズッキーニ」を育てましたら、濃い緑の葉が放射状にズンズン伸びて、夏の暑い時に、とても気持ちのいい色で、よかったです。しかし、全く実が付かず、あれは何だったのかな???たまには、そんなこともあるでしょう、で納得しましたが。
 それに比べれば、雲南百薬はの伸びた葉を食べるので、収穫も楽です。ウィキペディアにもまだ、その名が載っていませんので、新しい野菜なのですね。しかしねネット通販で見たら一鉢1,000円以上していました。何なんだ??ずいぶんと高いなぁ。

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2010年6月13日 (日)

2010年06月 新静岡センター工事状況

100611  新静岡センターの工事は、地下の工事が進んでいるようです。この時点では、何がどうなるのか、よくわかりませぬ。
 暑い時期の工事は大変でしょうが、事故がありませんように。

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2010年6月12日 (土)

穴掘りパルちゃん♪

Photo  パル姫は穴を掘って埋めるのが好きです。まだ、家に来たばかりの時、押さえると(咬むと)「キューキュー」鳴るボールのおもちゃを与えたところ大喜び。ひとしきり遊んだ後、穴を掘って埋めてしまいました。人間は「どこ埋めたかわからなくなって、おバカだなぁ」などと思っていたら、おバカは人間の方で、パルはちゃんと覚えていて、毎日掘り出しては遊んでいます。遊び終わると、また埋め戻すので、人間より片づけ上手かも、汗。
 今では気に入ったおもちゃをいくつか複数箇所に埋めていて、夕方になると掘り出して遊んでいます。また、埋めるところを見ていると、なんだか落ち着かない様子。「見ないでよぉ」と言っているようで、それもおもしろいですわ。

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2010年6月11日 (金)

「大平」の地名の由来は?

Photo  せっかくですから、「大平」の地名も調べてみました。
 もともとは「竟平(おいたいら)」と言っていたのが、いつのまにか書きやすいように「大平」になったそうです。この「竟平」もいつ頃から使われていたのかは、定かではありませんが・・・。「竟」とは終わり、といった意味があり、甲州と国境であったところから「はじっこの山中の平らなところ」といった意味があるのでしょう。
 また、両河内村史には、「元明」天皇の「六年」(西暦713年)、「風土記に大平山の名出づ」とあります。元号で言えば「和銅」。あの和同開珎の時代ですわ。えらく古い話ですね。どんな文脈で載っていたのか、調べてみたくなります。

 写真は大平地区の航空写真です。我が家は写真の下の切れた辺りです。やはり山の中ですな。

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2010年6月10日 (木)

クマバチのマンション

Photo  自作したテラスの梁にいくつか穴ぼこが。見ていると黒く大きな身体と、ブーンと大きな羽音のクマバチが出入りしていました。
 クマバチは大いに誤解をされているハチです。大きな身体と羽音から、恐ろしくどう猛なイメージがありますが、実際はとてもおとなしいハチさんです。世にも恐ろしい「スズメバチ」のことを「クマンバチ」と言ったりしますが、どうもゴッチャになって世の中には理解されているようです。同居していても問題ありませんので、私も彼らをそのままのにして、穴ぼこの下を行き来しています。
 見ていると大きな身体に似合わない小さい羽で飛んでいる姿は、とてもかわいいです。何故あの身体とあの羽で飛べるのか、長い間謎だったそうですが、なるほど、疑問だったことが納得できます。
 穴のあいているこの木の近くで耳をすませていると、カリカリとクマバチが木の中の巣を歩いている音も聞こえます。ここで玉子を産むのかな??

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2010年6月 9日 (水)

「河内」 の地名の由来は?「河内関」

 先日、西里の地名の由来を記事にしましたが、西河内の他に地名についても調べてみました。先ず、私が生活している「河内」は・・・。
 といいましても、由来はほとんどわからないのですね。西里の以前の地名である「炭焼」は幕府御用炭を出していたことにちなんでいるのはわかりますが、これもいつから付けられているのか不明です。
 「河内」の地名は室町期の永享年間(1429年~1440年)頃のものと思われる、「興津文書」(興津美作入道宛今川範忠の書状)に、「河内関」があったことが見られます。この河内関は駿府と甲州との往来を監視するものだったのでしょう。当時の
興津川は今の位置とは違うでしょうから、関の場所は特定できませんが、駿府を出て、四十坂を越えて西河内へ入り、河内で東に折れて元沢峠を越えて中河内から甲州へ抜けるのが当時の街道ですから、この河内の地区が駿河の国の端っこで、一番平らな場所が広く、関を作るのに適していたのでしょうね。山の位置は当時と、そう大きくは変わっていないでしょうから、何となく想像できます。今で言う、河内の「片瀬」地区にでもあったのかな。

 しかし、興津文書まで、ネットで公開しているのですね。まさかないだろう、と思いながら検索したらヒットしました。大驚き。。

Photo  パル姫は水に入るのが大好きです。ドロドロになって遊び回っています。

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2010年6月 8日 (火)

雑柑も美味い♪

1006  みかんは冬に食べるもの、との固定観念がありますが、実は7月頃まで色々な種類がとれています。いつもお世話になっている清水区の庵原杉山の農家では、無農薬で色々な種類の柑橘類を作っています。先日行った際に分けてもらったのがこれら。みかん大好き人間としてはとても嬉しいお土産です。暑い時期は収穫後すぐに皮がシワシワになり、見た目は美味そうに見えませんが、味はたいしたもの。冷蔵庫で冷やせばさらに美味しいデザートとなります。また、いただきに行きますね。
 ちなみに、一番手前のデカイのはグレープフルーツ。「庵原の杉山では育てるのに少し寒いかな」と言っていましたが、確かに甘みは少なくて、酸っぱかったです。でも国産の無農薬グレープフルーツなんて素敵じゃありませんか。大満足でいただきました。

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2010年6月 7日 (月)

「西里」へ地名変更の経緯

 先日、西河内の中程にある地区が「大字炭焼」から「大字西里」になった、と記しましたが、その経過を調べたところ、当初、この村の山あいの谷を「西ノ谷」と呼んでいたのにちなんで「西ヶ谷」と付けようとしたが、隣の庵原郡庵原村に「西ヶ谷」の姓名が多くもまぎらわしいので「西里」にした、とのことです(「清水市 地名の変遷」より)。
 正式に認められたのは、昭和14年11月2日に出された、「静岡県告示1021号」により、翌日の11月3日から施行されています。
 以前、亡くなったおじいさんが、「西里って名前はどこだかの偉い人が推薦して付けた名前だ」とか、飲みながら語ってくれましたが、さて、誰って言ったっけ??「西里」に至るまで、どんな論議があったのかも興味の尽きないところです。Photo_4

 写真は、全く関係ないですが、先日開かれた「トレインフェスタ2010」に出品されていた、「春日一丁目交差点」です。なかなかよくできていまして、思わず写真に撮りました。

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2010年6月 6日 (日)

大平 大通院の創立はいつ?? その3

 大平にある大通院の歴史を色々調べていましたら、「真珠院取調べ書」という文書を見つけました。これは明治28年、真珠院第29世和尚、岡田覚如が県知事に出した文書です。真珠院は清水区梅ヶ谷にある古刹です。その寺と大通院はどんな関係??以下、お読みいただければわかると思います。この文書の大平に関する記述をうんと要約しますと、

 貞治4(1365)年今川範国が竜爪山へ狩りに行った際、全く獲物が捕れず、さまよった結果、大平まで来た。そこで座禅をしている僧、(照全比丘)と出会う。
 紆余曲折があり、照全比丘は範国に請われて、応安3(1370)年、庵原郡高部(現清水区内)に国光寺を建立。
 至徳元(1383)年、範国死去。照全比丘もその死を悼んで国光寺を去る。
 今川義忠(範国の5代後)の時代になり、廃寺となった国光寺を再興のため、安倍郡羽鳥村(現葵区)洞慶院の賢窓常俊和尚の公徳を聞き招く。そして、長禄3(1459)年、真珠院として再興。
 この賢窓常俊和尚が行脚の際、庵原郡大平に寄った時、照全比丘という僧の座禅業の話を聞き、その現場の大石を「座禅石」と名付け、村人の力を借りて一庵を立てた。

 とありました。この一庵が大通院の元かしら?賢窓常俊和尚が大平に来たのは、享Photo徳元(1452)年、とあります。ちなみに、賢窓常俊和尚を迎えた今川義忠は義元の祖父となります。
 両河内村史にある「明慶」の元号は全くの間違いのような気がしてきました。また、今川義元の言い伝えも、かなり脚色されたもののようです。そのうち真珠院へ伺って実際に聞いてみましょう。
 写真は現在の道から座禅石を見上げたものです。ここに座っていたのですな。

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2010年6月 5日 (土)

レンガの有効活用

Photo_2  先日入手したレンガを駐車場から玄関までのアプローチに並べてみました。耐火レンガを除いて、400個以上並べましたが、これで少しは草押さえにもなるでしょう。何となく素敵になりました。我ながら満足。

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2010年6月 4日 (金)

野の花ブーケ

Image390  パル散歩で見つけた、興津川土手に咲いていた花を飾ってみました。小さいですが、かわいい花も多いですね。しかし、名前がわかりませぬ。三つぐらいはわかるのですが、笑。
 これも山里で暮らしている日常の楽しみででございます。

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2010年6月 3日 (木)

猿やイノシシ被害の原因は??

Image405_2  先日、西里の河合野地区を車で通りましたら、川の中で鮎釣りをしている方々が全員山の方を見ています。私も車を停めてみたら、道路沿いの山の斜面で「キーキー」と大騒ぎ。そうです。猿軍団です。西里地区では猿が伸びてきたジャガイモを引っこ抜く被害が出ているそうです。写真は我が家の畑のジャガイモですが、パル姫がいるおかげか、猿の出没はありません。元気に伸びています。
 昨年あった、我が家のイノシシ被害といい、ここのところ野生の動物が山里へ多く出てきます。山へ人が入らなくなったせいもあるでしょうが、第二東名や中部横断道路などの高速道路建設が両河内の山奥で進められていることも原因の一つではないでしょうか。こういうのって、因果関係の証明は極端に難しいですよね。とにかく、山の動物が人里に来ざるを得ない現状があるのです。

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2010年6月 2日 (水)

清水駅前はビルが取り壊され続けています

100530  JR清水駅前ではビルの取り壊しが進んでいます。大和屋のビルが更地になった次は、駅舎に向かって解体が進みます。足場が組まれている隣のビルも営業は終了しているようなので、すぐに取り壊しにかかるのでしょうか。長い間見慣れた風景ともいよいよお別れです。

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2010年6月 1日 (火)

アスパラ大会♪

Photo  先日、北海道の友人からアスパラガスが届ききました。普段買ってくるのに比べ、直径が倍ぐらいある感じで、かつ美味。大いに堪能しながら食べていました。
 感謝しながら食べ続け、あと3本に残った時、外務省に勤めていて、オランダに赴任している別の友人から、彼の地の特産品である「ホワイトアスパラ」が届きました。これまた、でかい!!しばらく食卓はアスパラ大会が続きます。
 しかし、ヨーロッパの特産品がクール宅急便で届く時代はありがたいですね。また、彼の住所から、ネットで地図や航空写真を調べ、ストリートビューで通りの様子まで自宅にいながらよくわかりました。おもしろい時代になったものです。

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