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2010年6月 9日 (水)

「河内」 の地名の由来は?「河内関」

 先日、西里の地名の由来を記事にしましたが、西河内の他に地名についても調べてみました。先ず、私が生活している「河内」は・・・。
 といいましても、由来はほとんどわからないのですね。西里の以前の地名である「炭焼」は幕府御用炭を出していたことにちなんでいるのはわかりますが、これもいつから付けられているのか不明です。
 「河内」の地名は室町期の永享年間(1429年~1440年)頃のものと思われる、「興津文書」(興津美作入道宛今川範忠の書状)に、「河内関」があったことが見られます。この河内関は駿府と甲州との往来を監視するものだったのでしょう。当時の
興津川は今の位置とは違うでしょうから、関の場所は特定できませんが、駿府を出て、四十坂を越えて西河内へ入り、河内で東に折れて元沢峠を越えて中河内から甲州へ抜けるのが当時の街道ですから、この河内の地区が駿河の国の端っこで、一番平らな場所が広く、関を作るのに適していたのでしょうね。山の位置は当時と、そう大きくは変わっていないでしょうから、何となく想像できます。今で言う、河内の「片瀬」地区にでもあったのかな。

 しかし、興津文書まで、ネットで公開しているのですね。まさかないだろう、と思いながら検索したらヒットしました。大驚き。。

Photo  パル姫は水に入るのが大好きです。ドロドロになって遊び回っています。

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