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2010年7月 2日 (金)

大平小唄 制作実話

1_3  以前、大平小唄を17番まで紹介しましたが、作詞された、石垣欽吾氏から聞きましたところ、本歌として「下部小唄」がある、とのこと。
 早速調べたところ、作詞:野口雨情、作曲:中山晋平の曲として作られていました。大正末期から昭和初期にかけて、「新民謡」のムーブ2メントがありましたが、その時に作られた曲のようです。YouTubeにも三味線の相川宝楽
が関係しているものがアップされていました。大平小唄のメロディはここから借用していたものなのですね。
 それで現在、彼の地で下部小唄では歌われているのか??困った時の図書館頼み。山梨県の下部町は現在、身延町と合併してます。そこで、身延町図書館の司書に調べてもらいましたら、現在ではほとんど地元では歌われていない、とのこと。しかし、高齢の方は知っていて、歌詞を諳んじてくれたそうです。
 さて、大平小唄。曲は借用したものでも、詞はれっきとした大平固有のもの。大平地区の文化や産業を歌詞に織り込み、60年も歌い継がれてきた立派な郷土の歌といえるでしょう。写真は大平小唄を作詞した石垣欽吾氏が書いてくれた歌詞です。これを元に色々な方がバリエーションを作り、私が集めたように17番まで伸びたのでしょう。この事実からも地元の方に愛された歌であることがわかります。

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