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2010年9月13日 (月)

1997年4月 地区で葬式が続きました

 9日には部落で葬式がありました。葬式には夫婦そろって手伝いに出るのですが、浮き世の義理とはいえこれがなかなか大変。以前のように部落全体が百姓をしているなら、都合も何とかつこうものですが、若い人の半数以上はサラリーマンとなっている現在では無理もありません。以前は友引が入ったりすると三日間は「ヒマ暮らし」をしていたのですが、最近では一日半となりました。これも時代の流れでしょう。
 田舎は葬式が多いのですが(年寄りが多いので)、一年間に2~3回もあるとこちらも葬式のエキスパートになります。この日に葬式を出した家は一年間に何と3回目でした。大きいばあさんにばあさん、じいさんが相次いで鬼門に入られたのです。まあ、年寄りが「天寿を全う」して、亡くなるのなら半分「お祭り」みたいなものですが・・・。
 「おめぇっちらの部落は清水一ちぃせぇ自治けぇー(確かに18世帯の自治会は清水市で一番小さい)なのに葬式だけはたんとあるなぁ」他の部落の人があきれていました。前回の葬式の時(昨年秋)には、18軒の中で同じ日に葬式が二軒重なるという前代未聞、これからも絶対にないだろう事態になったのです。
 でも、葬式の時には色々な話を聞くことができて興味が尽きません。
 払いの席で
「おぃらのじぃーさんの時には“ボッチャン”で有名になっただぜェ、ヤー加藤くん。」前に座っていたおじさん「おーおー、そーだっけなァ。」
私「???・・・?」
「じいさんの頃ぁー、土葬だったんて、前の日に掘った穴ン、夜にいかい雨ン降って水がたまって、仏さんを入れたら“ボッチャン”あれじゃ水葬だ、ヤー加藤クンくん。」
みんなの話はやたらにリアルで・・・。

 葬式の翌日は「静岡県立短期大学」の開講式でした。実は私はここの大学の非常勤講師を務めることになっています。半年間、毎週一回授業のたびに大学へ通うわけですが、不安半分と楽しみ半分です。授業は2年生が対象なので、教壇に立つのは来年度からですが・・・。今から色々と準備をしております。

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