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2010年10月31日 (日)

ウーパールーパー

Photo_2  先日、近所の友人宅へ伺ったところ、かわいいウーパールーパーがいましたのでパチリ。正式名称はメキシコサマランダーというのですね。
 友人の彼は大学で生物関連の教鞭をとっていまして、自身も色々な生物を育てるのが好きなのです。ウーパールーパーの他にも魚やトカゲみたいなのやチャボやら、いろいろにぎやかにしていました。
 ウーパールーパーは初めて見ましたが、かわいい顔していますな。

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1999年1月 井戸掘り

  我が部落は上水道の貯水池より上にあるので行政管理の水道はありません。どこの家でも何軒かで簡易水道の設備を作ったり、個人で沢から水を引いたり井戸を掘ったりしています。我が家も井戸はあったのですが、水量が心もとないので家購入と同時に近くの土建屋に頼んで新たに大きな井戸を掘りました。今冬は年末から雨がなく、近所で水の出が悪いとの声を聞いても我が家ではたっぷり水が出て「工事は正解」でした。しかし、古くから使っていたポンプは保温が悪く、夜の寒さに(マイナス6度でした)凍りつき、ダメになってしまい、水がチョロチョロ・・・ストップ。「春になったらポンプを新しく交換しよう」と思っていたのですが、そんな悠長なことはいっていられなくなり、大慌てでポンプを注文。到着するやいなや、職場から飛んで帰ってきて寒い夜に友人と水道工事。前より水圧が強くなり、してやったり。しかし、思うように水が出なかった3日間にカミサンは爆発寸前、少し噴火・・・だったかな?

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2010年10月30日 (土)

アナグマの被害

Photo  今年はイノシシの被害は我が畑に於いてはありませんでした。しかし、ゴソゴソと土を引っかき回すのが出ています。イノシシなら。作物も含めてメチャメチャにしてしまいますが、今年の輩はショウガや里芋などの作物は倒していません。
 どうも犯人はアナグマのようです。ショウガや里芋を収穫のために掘りあげると、ミミズがいっぱいくっついてきますが、それを目当てにやってくるようです。今の時期、アナグマは冬眠前でミミズを好んで食べるとか。あと半月ぐらいは出没するのかな。

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1998年12月 ホームレスの増加

 世の中は不況です。ホームレスの方々も増えてきました。以前は一目見てすぐに「らしい」とわかる人達ばかりだったのですが、最近は「サイクル野郎」みたいな自転車で日本一週でもしているような雰囲気の人が増えました。でもおかしいぞ。いつもいるなぁ?・・・しばらくすると顔の色も黒くなり、どこから見ても「らしい」人になっています。
 職場の隣の公園はベンチをほとんど一日中占領されていますし、春頃に比べても明らかにベンチで横になっている、車座で座っている数が増えています。冬になり毎朝たくさんの「らしい」人が私の職場の給湯室にお湯をもらいに来ます。彼らは朝が早いので入り口が開くとすぐ来るらしく、私たちが出勤して勤務前にお湯を汲みに行くと温度が下がっていて、「今朝もたくさん来たなぁ」とわかります。
 不況はいつまで続きますか。

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2010年10月29日 (金)

秋のお花畑

Image1409  我が家の裏の休耕田は現在お花畑になっています。といいましても、何かを植えたわけではなく、はびこっている雑草に花がついているのですが。
 しかし、この花、一つ一つはとても小さく、それが何万とついていて、写真のように満開、となるのです。
Image1413
 しかし、いつもながら、この草の名前が分かりませぬ。つばめさんが教えてくれるかしら。

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2010年10月28日 (木)

夢見るセブンティ

70  先日、あるホールでシャンソンコンサートの司会を頼まれました。カミさんが引き受けるところ、都合がつかなかったので、「なら私が」となったのです。
 このコンサート、「夢見るセブンティ」と銘打っている通り、セブンティーンでなく、70代の方が中心に歌います。皆さん、それぞれに楽しそうに一生懸命歌い、よい雰囲気のコンサートでした。いくつになっても熱中できることがある、というのはいいことですね。それこそ、生き甲斐といえるでしょう。
 写真は最高齢の87才の方のリハーサル風景です。本番は・・・皆さん、見事にドレスアップしてステージに立たれました。

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1998年11月 原稿依頼顛末記

9月の上旬に電話で、ある学会の研究誌に載せる3,200字程度の原稿を初めて依頼されました。前から興味があり取り組んでいる事柄についてで、以前に全国研究会の時に関連したレポートを何回か提出したこともあり、それらの書きためたものを加工して送ればよいかな・・・偶然似たようなテーマで大阪から講演依頼もきていて、それが11月1日だから同時に準備が進められるな・・・などと気楽に考えて受けることにしました。
 原稿依頼の正式文書と同時にバックナンバー誌が送られてきて、それを見て先ず緊張。何だか、こういうのってみんなエラク立派に見えるのですね、これが。チャンスだ立派なのを書くぞ!この原稿書きをこれからの自分のコヤシにするぞ!!との当初の決意がだんだん怪しくなってきます。
 締め切りは11月20日。10月半ばから「原稿ご進行伺い」なるファックスが定期的に職場に入り、事務局がいかに執筆者の遅筆に悩まされているか伝わってきます。と共に真綿で首をしめられるようなプレッシャーがかかり、遅筆仲間から〆切スッポカシ組の組員になるかも知れない我が身を叱咤激励しパソコンに向かうのですが、これがなかなか進まない。パソコンに向かうと他のことが気になって「10月の日記」書いたり、後半の大学の授業(注)の予習・レジメ作りを入念に始めたり、いつもより時間をかけてメールを書いてみたり・・・。
 それでも脂汗をかきながらやっと書き上げ、一緒に取り組んでいる仲間にも目を通してもらい20日に電子メールで送りました。これを書いている今は本当にヤレヤレです。あ~シンドカッタ。

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2010年10月27日 (水)

わからんワンちゃん

Photo_3  先日の森林公園祭りで出会ったワンちゃん。色合いといい、耳の形といい、何となくパル姫に似てますが、サイズも小さく、違う品種でした。品種名を聞いたのですが・・・すみません、忘れてしまいました。まわりに人がワサワサいたせいか、おとなしいワンちゃんでした。しかし、洋服が少し暑そう、と感じたのは私だけかな???

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1998年10月 パソコン入門13

 エディターについて
 いよいよ実践編に入ります。パソコンを使って何をするか・・・先ずは文書の作成でしょう。使用ソフトは「一太郎」「ワード」・・・でよいのですが、私のパソコン使用法を述べますと、以前は一太郎を使っていましたが今では使っていません。その代わりに「エディター」といわれるソフトを使っています。
 エディターとはもともとコンピュータのプログラムを書くために開発されたソフトです。何故、これがよいのか、その特徴などを以下に述べてみましょう。

 現在のワープロソフト(一太郎やワードなど)はとても巨大になっています。色々な機能が付いてそれにつれて必要なメモリが急増して非常に「重たく」なっているのです。そのためにパソコンではハードディスクに記憶しているワープロソフトを全部読み出すのではなく、一部だけを呼び出して使用する方法をとっています。ですら時々ハードディスクとのやり取りが必要で、色々な処理に時間がかかります。それに対してエディターはソフトのサイズが小さいので全部を呼びしています。従ってスピードが格段に速いのです。一度エディターを使い始めたらもう一太郎などはのんびりすぎて使えなくなってしましまいます。これは新幹線のぞみ号と在来線ぐらいの違いですね。最新式の最高級のパソコンに一太郎を乗せても、私の古いパソコン上のエディターにかないません。それぐらい速いのです。何故速さにこだわるのかは、書いていてパソコンのスピードが遅いとイライラし精神衛生上よくないのです。エディターはさくさく動いて書くことと思考がとぎれずとても快適です。
 私のエディターの使い方は、書いて文章を推考するまではエディターで行い、それで保存します。その後、例えばビラにしたり、人に見せるために修飾する(活字を大きくしたり、罫線を引いたり、文章ごとにフォントを変えたり・・・)必要があるときはワープロを使っています。エディターではそれらが出来ませんし、エディターの保存方法ではそれらは記憶できないのです。
 保存方法について少し詳しく述べますと、エディターは「テキスト」形式(拡張子は「.txt」)と呼ばれる方法で保存されます。テキスト形式とは殆どのワープロ専用機・パソコンで読み取りが出来る唯一の方法です。一太郎にも読み込めますし、表計算ソフトである「ロータス1-2-3」や「エクセル」にも読みこめます。特に後者の場合は便利です。やった経験があればわかりますが、一つ一つの「セル(マス目のこと)」にいちいち数字や文字を打っていくのはメンドウこの上ありません。エディターを使えば普通に文章を打つ感覚でデータの間に「,」を入れるだけで一気に表計算ソフトに取り込めます。 200、300と沢山のデータを一度に打ち込みたいとき、これば涙が出るほど便利です。またテキスト形式であればパソコン通信などでメールにして送る場合も特別な変更の必要がありません。
 実際の使用に当たっては、テキスト形式の文章とワープロ機などで修飾した文章とふたつが保存される(ワープロではその機器の方式で保存されている)わけですが、保存の基本はテキストのものにしています。
 エディターはシェアウェアソフトの「秀丸」を使っています。シェアウェアソフトとは低額の料金で(殆どは一万円以下)購入できるソフトです。安いから機能が劣っているか、というと全くそのようなことありません。パソコンソフトにはこのように低額で提供されているものや無料のものがたくさんあります。たとえ無料のソフトでも、機能はたまげるほど強力・・・といったものも数多くあります。パソコンの世界以外にこれほど料金と機能の差で(低料金で高機能)ミスマッチがあるものを私は知りません。
 また、秀丸を使っていて便利に感じるものの一つに検索機能があります。以前から検索、検索と何回も使ってきましたが、例えば秀丸のgrep機能。これ一つでパソコン内の全ての文章から目的の単語とその前後の文章を拾い出してくれます。以前、検索専用に全ての文章を一つにつなげたものを別に保存していた頃が嘘みたいです。
 それではパソコンを使い始めて、すぐにエディターを使えば便利かといえば、それも少し難しいことも事実です。エディターは書くことと編集だけに機能を絞ったものですので、初心者には少し使いづらい面があります。が、使い慣れればこれは便利!なものなのです。
 長くなりました。エディターをどう使っているか、また後日書きます。

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2010年10月26日 (火)

1998年9月 台風5号の被害

 「ドロドロメリメリ!、ボボーン!!」

 後でわかったのですが台風5号がちょうど御前崎付近に上陸した水曜日早朝、私は地を伝わって腹に響く音を聞きました。
 我が家は急傾斜地危険地区の中、裏山が崩れたかと思って飛び起きました。裏山は平気。ではどこが・・・?明るくなってから判明。川沿いの先月話題にした里芋畑をはさんだ対岸の山でした。崩れた木や土砂は川を半分ふさぎ、まっ茶色の濁流が里芋畑を飲み込んでいました。
 我が里芋畑の側は川より約4m程高くなっていて、コンクリートの護岸があるのですが、濁流は護岸の下をえぐるようにして土をさらい、護岸のコンクリートをそのまま宙ぶらりんに残したまま、里芋畑は半分くらい陥没して川になっていました。畑のまわりは土止めと雑草止めのためにコンクリートの破材を夏に敷いたのですが、それもほとんど落ちてなくなっていました。
 日中は台風一過。快晴でしたが増水は続き、木曜日の早朝に見たら水は引いたものの、畑は2/3以上なくなっていました。特に隣のサツマイモ畑はほとんどが陥没しています。畑にはロープがしてあり立入禁止になっていました。その日は代休で、新しい家のリフォームにあてたのでが、夜帰宅すると自治会長から電話。
 「今日県の土木の衆が見に来たンだけーが、あのままにしておくわけにはいかないンて、また台風も近づいているンて、悪いンだけーが、すぐにイモを掘ってくりぃょう」
確かにそのままにしておくわけにはいかないので土曜日に掘ろう、と思っていたのですが、これは土曜日では遅いようだ・・・これからヤルカ!!と、それから全部掘りにかかりました。すぐとなりに大きな穴ぼこが黒々と口を開けている横で小雨の中、車のヘッドライトを頼りにしての芋掘りはなかなかシュールです。サツマイモは春に25本つけたのですが、4本しか残っていませんでした(5本目は崩れた壁面に宙ぶらりんになっていました)。トホホのホ。
 金曜日の朝は7時から土建屋が来て埋め立てが始まりました。ユンボで改めてほじくり返してダンプで運んできた石を詰めて補強し、畑はなくなってしまいました。
 もしも、山崩れの土砂が川を全部ふさいだら、濁流は我が家をめがけてくる地形になっています。自然災害でこんな被害を受けたのは初めてですが、ひょっとしたら芋たちが我が家の身代わりになってくれたのかも知れません。「早く掘っておけばよかった」と言うカミサンとともに後日立派な里芋供養をしました。供養を口実に盛大に飲んだだけですが・・・。もし来年、興津川の下流で里芋のワセイモかエビネイモが芽を出したら、うちの畑から流れていったものかも知れません。

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クマリン

Photo_2  清水の新しいお茶、「まちこ」。飲んでみると独特の香りがあります。ほのかな桜餅の香りです。この香りの成分は「クマリン(C9H6O2)」といいます。何ともかわいい名前の有機化合物成分ですが、この名前にちなんで「まちこ」のマスコットキャラクターを作っています。それが写真のこれ。
 もともと、このお茶はその独特な香りが異端視されて、以前は品種登録がされなかったそうです。それが現在、その香り故に注目を浴びるようになったとは、何とも興味深い話しです。

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2010年10月25日 (月)

清水茶 まちこ

Photo  先日、近所にある森林公園で祭りがありました。そこで地域の農家の方が販売していたお茶がこれ。「まちこ」というお茶です。新しい品種として、普及を図っているところです。以前の世界緑茶コンテストでも金賞をとり、両河内での何件かの農家で栽培しています。
 お茶業界は現在、「やぶきた」の比率が生産のほとんどを占めるようになり、品種ものはほとんどやぶきた一色です。やぶきたに代わる品種を、といろいろな挑戦があります。
 さて、この「まちこ」、試飲してみると独特の香りがあります。ん??これは・・・以下、明日。

 携帯電話の写真機能がなにもしないうちに回復しました。ということは、また症状が出る可能性があるのかな。まぁ、とりあえず使い続けましょう。

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1998年8月 パソコン入門12

入力はカナ入力がよいか、ローマ字入力がよいか

 さぁ、ついに世紀の大論争に足を突っ込むことになりました。これだけで一つの本が書けるぐらいに色々な意見があるようですが、どちらがどうなのでしょうか。
 カナ入力の利点はキーを押す回数が少なくてすむ、といわれています。ほぼ一文字に一回で対応でき、ローマ字入力に比べて楽、というわけです。ただ実際は、「あいうえお」ならローマ字でも一回ですし、ローマ字入力なら「シフトキー」を押す必要もありませんし、文章を作成する際にキーの打点回数は「ローマ字入力で1.2倍程度増えるだけ」との調査結果もあり、キーを押す回数に関しては断然優位とは言えないようです。
 逆にカナ入力の不便な点は、一つにはキーの位置をたくさん覚えなければなりません(カナでは48、ローマ字なら全アルファベット数の26よりも少なくなくてすむ: Q や X 等は必要ないので)。また数字を打つときカナ入力ではテンキーがなければモードを変えなければならず、特にノートパソコンの場合はメンドウでもあります。また、実際にはカナ入力をしていても、文章の中には NTT だ、PCB だ、WHO だなんだかんだと、アルファベットがたくさん出てきて打つ必要がありますし、パソコンやソフトのマニュアルを見ますと「SHIFT+P」だとか、「CTRL+Q」とか、アルファベットのキー表示で説明してあります。それらを考えると結局、カナ入力をしていてもアルファベットキーの配列も覚えなければなりません。
 その他、高齢者はわざわざローマ字を覚えるのが大変・・・とか、英語に堪能な人の場合には、例えば「バス」はやはり「BUS」でなければならず「BASU」は耐えられない・・・と言う人もいますし、JIS規格のカナ文字配列はもしかしたら変更される可能性があるが、アルファベットのキー配列は変わる心配がない・・・と考える人もいます。さらには、アルファベットのキー配列は昔のタイプライターのために作られたもので、効率が悪い(例えば一番打つ回数の多い A 等はタイプライターの構造上の制約のためにわざと打ちづらいところに配置してある)のでそれに従うのはアホくさ・・・と主張する人など論議百出、収拾がつかなくなります。
 実際の使用状況を私のまわりで見てみますと、カナ入力が四割程度、ローマ字入力が六割ぐらいのようです。私は、といいますと少数派のカナ入力を基本的にしています。何故かって?文章を書くとき、カナの方がスムーズに頭の中のモヤモヤが整理されて出てくるのです。ローマ字に慣れていないせいかも知れません。
 実は現在、入力方法にはもう一つありまして、富士通が採用している「親指シフト」と呼ばれている方法です。これは「とにかく速く打つ」ために富士通が開発した方法で、ワープロ早打ちオリンピックでもあれば有利ですが、あまり一般的ではないので割愛しました。
 さて、あなたはカナ派?それともローマ字派?

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2010年10月24日 (日)

リナちゃん

Photo_2 パル姫と散歩に行くと、お友達があちこちにいます。リナちゃんもその一人。いつも吠えられます。リナちゃんは、柵の中にいまして、パルが来るとピョンコピョンコ跳ねて、うれしさを表します。後ろ足を柵の格子に引っかければ、柵を越えられそうですが、そのような方法は考えつかないようで、毎度毎度ピョンコピョンコしながらワンこらワンこら吠えています。
 パルと一緒にいつも行くものですから、私のこともセットで覚えているようで、私一人でリナちゃんの家の前を通っても、ワンこらワンこらと大歓迎をしてくれます。

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1998年8月 夏の畑

 カラッと朝から晴れて夕焼けで日が暮れる日が一日もありません。梅干しもいつ干そうかと空ばかり見ていました。起きると天気がよいので梅酢から出してお日さまにあててヤレヤレと思っていると、昼過ぎから雨が降り出し慌ててしまうことが何回かありました。土用干しも思うようにできず、たまたま晴れる時間が長い時には私もカミサンも家にいなかったりでタイミングが悪く、結局まだ赤梅酢に漬かったままです(少し干したのでちょっとだけ赤くなっています)。今年は約25キロの梅を漬けましたが、これだけあれば一年間食べ続けることができるでしょう。昨年漬けたものを先日食べきってしまったので、今では梅酢の中から今年のを一つ一つ拾いながら食べています。
 こんな天気で喜んでいるのは里芋とショウガなどです。乾燥した時に水を撒かなくともよいのでそれは私も喜んでいますが、雑草達もおおいに喜んでぐんぐんはびこってくれています(草むしりが大変!)。さて里芋ですが、まわりの畑のものと同じように我が家の無農薬有機作品も葉っぱが異様にでかくなり、秋の収穫がとても楽しみになりました。その他のカボチャやトウモロコシ、大根、モロヘイヤ、枝豆なども順調に育ち、毎日の食卓をにぎわしています。
 以前、ジャガイモを収穫した後にナスなどを植えたら順調に育ったことがあったので今年もジャガイモ後にナスとトマトを植えました。ところが、ジャガイモの葉っぱも敷き草にしたところ、これが大失敗。雨が多かったせいもあるのですが、ジャガイモにつく病気がトマトやナスにも移り、葉っぱが次々に茶色に変わり、あれよあれよと言う間にトマトは数本植えてあったのが全滅。ナスは何とか持ち直しましたが、生育が遅れたので収穫開始時も遅れてしまいました。そういえば、何年か前に農業雑誌で、北海道かどこかでジャガイモの病気が隣の畑に植えてあるトマトに移ったのどうの・・・との記事を読んだことがありました。そう、思い出したときは遅かったのです。残念。
  キュウリがたくさんとれているので、その日は職場で配りました。ある女性職員が持って帰ってご主人に見せたところ「フッフッフッ、カトウ君のより俺の作っている方が勝った!」と無邪気に喜んでいたそうで・・・家庭菜園族バンザイ!!

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2010年10月23日 (土)

オープンバス

Photo  携帯の写真機能が不調なので、以前に撮ったものをいくつか紹介しましょう。
 これは、以前、皇居に行った際、目にした「オープンバス」です。お天気の日なら快適でしょうが、この日は雨。シートでもかぶせておかないと座席もびっしょりでしょう。しかし、秋晴れの日なら、乗ってみたいですな。お街にはおもしろいものがあります。

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1998年7月 モールス信号がなくなるそうで

 私とモールス信号の出会い

 先日、朝のラジオニュースを聴いていたら「モールス信号が通信手段として使われなくなる・・」旨のニュースを流していました。
 私がモールス信号を覚えたのは高校生の時でした。アマチュア無線技師の上級資格を取るために必要だったのです。「電話級アマチュア無線技師」(初級:今この名称はなくなった)の講習時にお世話になったNHK技術の故杉本哲氏が勧めてくれた「ごうちょうほう」(実は今でも正しい漢字がわからない、合聴法かな?号調法かな?)で覚えました。具体的にこの方法を説明しますとアルファベットの「A」は「・ー(トツー)」ですが、これを「アレー」と語呂合わせで覚える方法です。これで私は欧文(英語文)・和文(日本語カナ文)・数字と全部覚えました。
 この方法では、モールス信号をすぐに覚えて簡単に打てるようになるのですが、逆に受信の際には、
  ・「・ー」を聞いてもすぐに「アレー」とは聞こえない
  ・聞こえてもそれが「A」と結びつくには時間がかかる
  ・特に欧文・和文の聞き分けが難しい(「・ー」は「アレー」で「A」であるが    同時に「イトー」で和文の「イ」である)
等との批判が多く、いわゆる邪道と見られていたようです(無線技師をしていた私の叔父も上のように言っていました)。それでも杉本氏は超ご多忙の中、精力的にこの方法を勧めておられ、私がカセットテープを渡すと無料ですぐに教習を吹き込んでくれました。
 それをテープがすり切れるまで聞いて(繰り返し聞きすぎて最後にはテープレコーダーのピンチローラーにテープを巻き込み本当にオシャカになってしまいました)、私の結果は・・・と言いますと、邪道はあまり関係なかったようです。確かにすぐには「アレー」とは聞こえなかったようですが、繰り返し聞くうち「アレー」は関係なくなり「・ー」=「A」と即、頭にでてくるようになったのです。その後、かなり速い速度の欧文・和文モールス信号の送受が受験資格にある「1級アマチュア無線技師」や「3級無線通信士」の資格試験にも合格でき、実際のQSO(Q符号という無線用語で「交信」の意味)ではそれ以上の、まわりが驚くような速さで電鍵をたたくようになり(今では誰も信じてくれないし自分でも想像できない、夢のよう!)、邪道でもできることを証明した形となりました。
 今思えば、一つ一つのモールス信号を最初に覚える方法は何であれ、繰り返し聞くことによって最初に覚えた方法など関係なくなったのだろうと感じます。
 さて、モールス信号は誰がどう決めたのかは知りませんが、アルファベットやカナの配列はかなりランダムなのです。しかし、数字だけは規則的な配列になっていまして、その覚え方は、
  1  ・ーーーー イチョーキョーセーホー  胃腸矯正法
  2  ・・ーーー フクキョートーホー    副橋頭堡
  3  ・・・ーー ミタビレーコー      三度励行
  4  ・・・・ー ヨロコビソー       喜び草
  5  ・・・・・ ゴノココロ        碁の心
  6  ー・・・・ ローゼキモノ       狼藉者
  7  ーー・・・ ?(忘れました)
  8  ーーー・・ ヤーヤーモーキタ     やぁやぁもう来た
  9  ーーーー・ クーチューコークーキ   空中航空機
  0  ーーーーー レージョーフーリューコー と聞こえて意味不明
でした。モールス信号がなくなれば、こんな覚え方をしたことも記憶や記録の中からもなくなってしまうでしょう・・・しかし、こんな方法はやはり博物館入りものですな。それにしても、若いときの頭は柔らかいものですね。QRT(Q符号:閉局)してモールス信号を打たなくなって15年以上になりますがしっかり覚えていました。

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2010年10月22日 (金)

松茸が豊作、とか

Photo  今年は、猛暑の後に雨が多く、松茸が豊作のようです。松茸ではありませんが、先日、四十坂へ行った際に道ばたで40cmぐらいの高さの立派なキノコがありました。食べられる?食べられない?わかりませんねぇ。
 以前、信州の友人の所へ行った際、山へキノコ狩りに行きました。山の斜面を駆けずり回って、色々なキノコを集めましたが、食べられるものは三割程度。友人は、見ながらパッパと仕分けをしてくれました。その手さばきに驚愕。彼のモットーは「分からないものは「食べられない」に分類する」。確かにそれが一番安全ですね。

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2010年10月21日 (木)

子宝草、その後

101019  昨年秋にいただいた、「子宝草」。順調の子どもを増やして、と言うか、増えすぎて難儀しています。その原因はこれ。写真で見て分かるとおり、親葉についているのは、小さいながらも一人前の草の恰好をしているのです。こんなに根っこまで生えてきて。これが落ちるとすぐ土につきますし、人間としても、草の形をしていると、そうそう無下にもできず、結局他のプランターや植木鉢に植えてしまい、それが増殖の原因になっています。増えすぎちゃって、どうしようかな。欲しい、と言ってきた人には全員渡したし・・・。

 今回、壊れてしまった携帯で撮りました。このように虫のような黒っぽいノイズが入るのです。やはり邪魔だな。

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2010年10月20日 (水)

1998年6月 パソコン入門11

 ◎  最近のワープロはここまで「賢く」なった
 前回、「漢字変換」の話が出ましたので、ここで現在のワープロの機能レベルを知ってもらうために「漢字変換」についてお話しします。
 ワープロの「漢字“誤”変換」の笑い話は皆さんも聞いたことがあるかもしれません。例えば「頭狂(とうきょう)大学」とか「副詞快感(ふくしかいかん)」とか・・・。「だからワープロはダメだ」との声も聞いたことがあります。確かに以前は、ワープロの漢字変換やそれの基になる辞書機能がとても貧弱で、このような笑い話も事実としてありました。しかし最近のワープロではこのような誤変換は殆どありません(このような漢字の誤変換を基にワープロを否定しているとしたら、その人は最近のワープロを知らないのでしょう)。漢字変換の技術的な話は省きますが、とにかくワープロが持っている辞書の語彙が増えたため、私もこの頃は大爆笑するような誤変換にお目にかかりません。
 それどころかワープロは使えば使うほど誤変換が少なくなるのです。最近のワープロには「学習機能」というのがついていて、例えば「こうじょう」には「向上」、「工場」、「厚情」・・と色々な漢字に変換されますが、ここで「横浜工場に行く」と一度変換して書けば(確定すれば)次の時に「こうじょう」と打つと、「工場」が一番先頭になって変換してくれます。要するに日々ワープロを使っていれば、自然と自分の使う頻度の高い漢字が変換の先頭の方に集まってくるのです。これは便利な機能で、僕も自分のワープロでは十分恩恵を受けています。ですから時々他のワープロを使うと(特に古い機種のもの)、自分の思ったような漢字変換がスムーズに行われずイライラします。
 加えて、文章の前後の単語なども参照して変換するようになってきました。例えば名前で「ひろこ」さんの場合、「森口博子(以前紅白にも出ていました、いつも元気な子ですね)」さん、「谷山浩子(懐かしい、シンガーソングライターです)」さん、「遠藤宏子(もっと懐かしい、僕の幼なじみです)」さん・・・と色々な方がいますが、ここで一度確定すれば次の時には「たにやまひろこ」で「谷山浩子」、「えんどうひろこ」で「遠藤宏子」、「もりぐちひろこ」で「森口博子」と一発で間違えなく変換してくれます。
 一般の文章でも、「会長を呼んだ」・「本を読んだ」と文章の意味を解析して漢字を変換してくれます。
 その他、「キーボードミス」も判断してくれるようになってきました。例えば、ローマ字入力では「いっっぱつでへんかんできる」等と子音が一つ多くても、「一発で変換できる」と訂正してくれます。カナ入力でも「け゜んいんのついきゅう」を「原因の追求」、「きじわよむ」を「記事を読む」と、ちょっとしたミスをフォローしてくれます(キーを打つ時カナ入力では「゛」と「゜」、「わ」と「を」は間違えやすいのです)。
 日本語の場合、英語のように「キーボードから打ってそれでおしまい」とはいきません。キーボードで打って漢字に変えなければなりません。その漢字も「同音異義語」がたくさんあるのでとてもやっかいです。そんな悪条件の中、少しでも快適に書けるように・・とワープロには色々な工夫がしてあります。これも技術の進歩のおかげです。ワープロは確実に使いやすくなってきています。

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なくなった地名

 小島藩を調べていて、その領地だった範囲を確認していましたら、今は使われていない地名がいくつか出てきました。
 先ずは旧静岡市域の「柳新田」なる地名。住所表示にはありませんが調べましたら、「静岡市葵区城北」に「柳新田郵便局」があり、どうやらこの辺りのようです。そして同じく旧静岡市域の「池谷」の地名。これは、少し調べても手がか
Photoりナシです。さて、どこだろう??色々調べていくと興味が尽きません。

 写真は龍津寺での祭りの風景です。7月に撮影したものです。

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2010年10月19日 (火)

1998年6月 ついに家を購入!!

 念願の田舎の家を購入しました。おマチでは想像のできない 180坪!犬のモモタロウも喜びそうです。
 まわりにも家はなく、河原の静かなところです。庭には栗、梅、ビワなどの木があり、それも季節ごとに楽しめそうです。今住んでいるところより更に自動車で数分走った奥なのですが、築後約20年の家です。ただ、傷みがあるので大幅なリフォームが必要となり、引っ越しは8月末から9月頃になるでしょう。
 以前住んでいた家も壁、床、水道、風呂場、下水、天井、サッシ窓、浄化槽・・・と殆ど全て自分の手で見よう見まねでリフォームしたのですが(ガスだけは業者に頼のんだ:間違えると死ぬので)、また楽しみが増えました(ヤマナシ内装に頼まずスミマセン)。どのように改造しようかとカミサンとあれこれ思案しています。夏休みを全部費やす予定ですので是非皆さん遊びに来て下さい。
 現在も家近くに畑を借りて、自家用の野菜は作っているのですが、今度は自分家の庭でできますし、また鶏も数羽ぐらい飼って卵や少しの肉ぐらいなら自給できそうです。

 今年は5中旬からホタルを見ました。いつもは田植えが終わるころから飛ぶのですが、今年は暖かいせいか気の早い個体がいるようで、仕事から帰ってきたら家の屋根の上を一つ舞っていました。年々ホタルの数が増えているように感じます。
 家の前の川では春からクレソンがとれています。昨年の川底を浚渫した際、全部なくなってしまい、またどこからか持ってきて植える必要があるかな、と思っていたのですが、しばらくたつとまたまた自生してきました。3月になるともうおいしく食べられます。クレソンをふんだんに使ったサラダは我が家のお得意メニユーです。そして今は日本のセリも採れはじめ・・・楽しみは続きます。
 今生活している家の前を流れる「布沢川」はまわりの部落で集落排水の設備を作ったため、生活排水が流れ込まないのです。この川の上流にダムを造る計画が進んでいます。現状は・・・計画が止まったままです。詳細はまた次回に・・・。

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小島藩

Photo_2  昨日記事にした龍津寺のある清水区小島地区は、江戸時代に「小島藩」の陣屋あったところです。我が両河内も一部は当時小島藩の領地でした(清地、中河内、土、布沢の各地区)。また、小島藩は、静岡県中部に三つある藩の内の一つです(他は現在の藤枝市にあった田中藩と牧之原市にあった相良藩)。
 この小島藩、現在の静岡市葵区にある県立総合病院の辺りまで領地にしていたのですが、陣屋のある小島地区は領地の一番東はずれ。ここは甲州街道があり交通の要所だし、静岡(府中)には徳川家の駿府城があり、あまり近くに陣屋を設けるのははばかられたのか、その辺りの事情は分かりません。しかし、領地を治めるには、便利とはいえなそうです。
 写真は昨日記事にした龍津寺の山門(7月に撮したものです)。小島藩の陣屋は龍津寺のすぐ後ろになり、石垣や遺構などが良好な状態で残っているそうです。そのうち伺ってみましょう。

 いつも写真を撮っていた携帯電話のカメラ機能が突然不調になり、写真が撮れなくなってしまいました。何とかしなきゃ・・・・。

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2010年10月18日 (月)

須弥山儀(しゅみせんぎ)

Photo  7月に伺った、清水区小島にある龍津寺(りょうしんじ)。ここに清水市時代に文化財指定をされた「須弥山儀(しゅみせんぎ)」があります。と、偉そうに書きましたが、私も今回初めて知ったのですが。
 この須弥山儀についての講演会が龍津寺である、と聞きまして、参加しました。初めて聞く名前のものだし、写真を見ても「これ、何なの??」という感じですが、仏教の教えに基づいて世界のあり方をビジュアル的に表現したものなのです(と書きましてもよくワカランですね、笑)。今ではほとんど忘れ去られた、仏教天文学考え方を集大成したモデルといえるのでしょう。実際は動力を使って動くそうで、現在は動きませんが、当日、時計の技師が調べて「これは直る」と発言し、会場は一気に盛り上がりました。
 もちろん、現在の高みから見れば、全く非科学的なシロモノですが、仏教の教えと、現実の現象(昼と夜や夏冬の昼間の長さの違い)との間に矛盾がないように説明しきっている「才能」には感服です。

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2010年10月17日 (日)

柿食えば・・・

Photo_2  この季節、パルちゃんは散歩の楽しみが増えます。それは落ちている柿を食べる楽しみです。パル姫にとって、秋は今年で二回目ですが、昨年初めて柿の味を覚えました。
 ことしも柿が落ちいてると、腹這いになって食べています。多分渋柿だと思うのですが、気にならないようです。味覚の感じ方が違うのかな。

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1998年5月 パソコン入門10

 ワープロ専用機やパソコンを使って文章を書くときの私なりに注意していることなどから今回は書き始めましょう。

 第一に、以前述べたようにワープロでは「切り貼り」が簡単なので、文章が冗長になりやすい事は注意しなければなりません。書いた文章を構成の変更によってあちらこちらに動かしている間に同じことを何回も繰り返したり、くどい文章になりがちです。ワープロなどの画面を見ているだけではなかなか気がつかず(普通の画面では二十数行程度の表示が限界)、文章を一覧できないのは一つの限界でしょう。しかし、これは文章がある程度書きあがったところで紙に打ち出して、改めて推考すれば直すことができます(全部画面の中で行わないで、印刷した形とうまく併用することが大切です)。
 次に、ワープロでは漢字変換が自動的に行われるので、漢字の多い文章になりがちです(これはワープロが嫌いな人の口実にありますネ)。しかし、よく考えてみてください。ワープロは書くことに関して、基本的には「筆記用具」ですので「漢字」に変換されても気に入らなければ、また「ひらがな」に変換し直せばよいのです。私も文章を書く時に自分なりのルールを持っています(例えば「等」にするか「など」にするか)。そのルールの反して「漢字」に変換されてしまった時は「ひらがな」に変換し直します。当然ですよね。何もワープロが変換した文字(漢字)に絶対従わなくてはいけない事はないのですから。また、いつも変換が気にくわないのであれば改めて自分で登録し直すこともできます(後日詳しく述べます)。
 また、批判と言えば「ワープロの文章は味気ない」との批判もよくあります。確かに「ラブ・レター」は自筆で書いた方が心が伝わるでしょう。しかし仕事上の文章や自分の覚え書き(日記やメモ)までそうでしょうか。先ず読みやすい事、書きやすい事、保存・管理が確実にできる事などを優先させるべきです。僕自身、生来の悪筆なのでワープロを使うまでは文章を書くのにとても苦労しました。何せ自分の原稿の字を見ることが苦痛に感じる時もあったのですから。
 悪筆の問題もそうですし、以前にも少し述べた、書く事への心理的な壁(書き出しはどうしよう、構成は・・・等々)のために紙に向かって書きあぐねているよりも、(書くことに対して心理的な壁の低い)ワープロに向かってドシドシ書く方がよいと私は考えています。

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2010年10月16日 (土)

本当に今年は栗がよくとれました

Photo  毎朝、畑へ出ると栗がコロコロしていましたが、そろそろ終わりの季節です。サルやイノシシが食べる前に、と本当に今年はよく収穫しました。最盛期には二日あれば、写真ぐらいとりました。しかし、栗って意外と調理するのに手間がかかるのですね。そんな理由からか、正直言いまして、あまり人気がありません。手軽に食べられる方法があればよいのですが、手間がかかるのをヨシとして料理するしかないようですね。

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1998年4月 パソコン入門9

みんなが使っているものを使おう
 なんでも使い始めは、他の人が(身近な人が)使っているものから自分も使い始めた方がベターです。
 例えばOS(パソコンの一番基本となるソフトです)。代表的なOSには「ウインドウズ」と「マッキントッシュ(マック)」と二つありますが、そのどちらがよいか、とまじめに考えたとします。僕から言わせれば甲乙つけられません。いくつかの地酒を持ってきて飲み比べても、一定レベル以上の酒は全部旨いのと同じで(あまり良い例ではないな)、どちらが優れているとは言い切れないのです。ただ、得意分野があるのは確かで、グラフィックなどを数多く使いたい場合はマックの方が優秀なソフトが以前から多く、医者やデザイナーなどにはマックの愛用者が多いようです。最近ではウインドウズでもグラフィックなどが快適に使えるようになり、ますます両者の差はなくなっています。
 では私の場合は・・・、ウインドウズを使っています。何故か?まわりに使っている人が多いから、が選んだ大きな理由の一つでした。私のパソコンの使い方ではウインドウズでまったく不都合はありませんので。余談になりますが、実は以前はマックも使っていて、こちらでも何も不都合はありませんでした。個人的には両者が良きライバルとして互いに改良をしてくれればユーザーとして最高によい状態だ、と思っていたのですが、最近マックは完璧に押され気味です。経営戦略の失敗を返す返すも残念に思います。
 さて、それでは何故みんなが使っているのが良いのか?それはわからなくなったときにすぐ誰かに聞くことができるからです。特にパソコンを使い始めた当初はわからないことだらけです。分厚いマニュアルを見ても全くちんぷんかんぷんで「わざとわからないように書いているのではないか」と言いたくなるほどです。そんな時にすぐに聞くことができればストレスがたまりません。実際問題として初心者のわからない点はささいなことで、慣れてくればばかばかしいことだらけなのです。しかし、初心者本人にとっては重大な問題です。それが原因でやめてしまうことにもなりかねません。仲間が多くてすぐに尋ねられればこれは便利です。貴方はどちらを使うか?まわりを見て決めるのも一つの良い方法です。
 同じ理由でワープロソフトも「一太郎」を先ずは勧めます。このソフトは現在までに700万本以上もでまわっていますので、まわりに必ず使っている人がいるはずです。例えばワープロ専用機は日本中で数え切れないほどありますが、機種はやれ「書院」だ「ルポ」だ「文豪ミニ」だ「オアシス」だなんだかんだ、とたくさんあり、必ずしも自分と同じ機械を使っている人が、そして気軽に聞くことができる人がまわりにいるとは限りません。その点「一太郎」はワープロソフトの事実上の標準となっているので誰か必ず質問できる人がいるはずです。先ずはこれを使うことをお勧めします。「先ずは」というのはいつまでも一太郎を使うことは勧めないからです(私も現在は全く使っていません)。矛盾するような話しですが、これは後日述べます。
 それと、たくさん使っている人がいるということはユーザーの声で使いやすく改良される機会が多く、実際ソフトが使いやすくなっていることも利点の一つです。また使用者が少ない場合にはソフトそのものがなくなる危険もゼロとはいえません。特に後者の問題はパソコン使用上、致命傷になることもあります。一太郎のジャストシステム社がつぶれることはまず考えられないでしょう。

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2010年10月15日 (金)

2010年10月 新静岡センター工事進捗状況

101010  10月に入り、新静岡センターはだいぶ骨組みができあがってきました。県庁別館の21から見ても、その偉容がしだいに現れてきた感じです。
 私自身、久しぶりに見ましたが、今が一番変化の大きい時でしょうか。

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1998年4月 静岡のお街

 仕事帰りに少し寄り道をしてみます。お金のかからない所を歩いてみましょう。
 静鉄の新静岡駅の近く、通りに面して「西郷と山岡の会見場」の案内看板。そういえば学生時代に「江戸城あけわたしの会見」とかのキャプションのついた写真が教科書に載っていたっけなぁ。あの畳の部屋がここにあったのか。静岡市内であの会見が行われていたとはまったく知りませんでした。
 静岡駅北口前にある静岡中央郵便局。建物の上の方にはクラシックホールもありますが、1階ロビーのグランドピアノの自動演奏を聴くだけでも私は満足です。椅子がもう少し座り心地良ければもっと快適なのですが・・・。
  静岡駅北口降りてすぐの「宝泰寺」。手入れの行き届いた庭がとてもきれいです。いつのぞいても静かで誰もいません。道を隔てた反対側の「サールナートホール」もユニークな所です(ここは金がかかる)。基本的にはお寺の修行の場なのですが、時にライブハウスになり、またある時にはシアターにもなります。静岡市は古い町だからでしょうか、神社仏閣がたくさんあって、それぞれに歩く楽しみがあります。そういえば、浅間神社の参道には質の良い古本屋がいくつかならんでいるのも発見しました。
 南口駅前にできた「サウスポット」。2階はギャラリーになっていて、定期的に色々な個人や団体が発表会などを開催していて絵画などが格安で見られます。仕事で疲れた頭にはよい気分転換になります。
 そして県庁の別館。最上階は360度の展望ができます。静岡市内ではここより高い建物はありませんので展望は抜群。浜松のアクトシティは上るだけで600円ぐらい取られますがここはタダ。夕方6時までは自由に入れます。隣の駿府公園も緑や花がいっぱいで散歩には最高です。
  江戸を出た徳川慶喜が駿府に来て住んでいたのは現在の浮月楼であることは有名ですが、先日も彼に関する本を読んでいたら、後年東海道線が開通し静岡駅ができるに従い、周辺がうるさくなることを嫌って西草深へ引っ越した旨の記述がありました。西草深は駿府城をはさんだちょうど反対側ぐらいになり、現在 NHK静岡放送局のあるあたりですが、当時は静かだったのでしょうね。地名の通り、草の深いところだったのでしょうか・・・。そんなことも想像させてくれます。仕事で通ってみると静岡市は色々な発見があります。今までは隣の町でも何だか疎遠で、静岡県民になってまだそんなに時間もたっていないせいか関わりも少なくて本当に遠い存在でしたが、少し親近感がわいてきました。ウン、なかなか「環境」は悪くないぞ。これが「住めば都」状態なのでしょうね。

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2010年10月14日 (木)

四十坂から見た富士山

Photo_7  四十坂の比較的見晴らしのよいところから富士山が見えました。ちょうど両河内から庵原の吉原に入った辺りです。武田信玄も、何かの行軍の時にこの富士山を見たのかな。信玄の父親、信虎は今川家に行き、帰る際に信玄から甲州に入ることを拒絶されますが、それはどこなのかな。少し調べましたがわかりませんでした。今川領でするわけないし、武田の領地に入ってすぐの所でしょう。今の山梨県南巨摩郡南部町になるのかしら。なら、信玄に追い返された信虎は、はらわたが煮えくりかえる思いでこの富士山を見たのかな・・・などと想像するのは、やはり楽しいです。
 余談ですが、時々記事にしている布沢川ダムの建設場所は、この富士山が見えるところから比較的近くです。

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1998年3月 パソコン入門8

 バイトとは?

 コンピューターの記憶容量を表す単位の「B(バイト)」とは何でしょうか。簡単に述べてみましょう。
 コンピューターの中では、信号は全て「0」か「1」で表されるというのは聞いたことがあるでしょう。電球と思って、点灯状態が「1」、消灯状態が「0」と考えてください・・・等と学校で習った方もいらっしゃるでしょう。この電球一つのことを「ビット」と言います。そして電球8つをひとまとめとして「バイト」と呼ぶ単位になります。
 各電球がついたり消えたりしている場合、それらの組み合わせは何通りあるでしょう?昔習った数学の「組み合わせ」の勉強を思い出してください。
 00000001, 00000010, 00000011,・・・・と、2の8乗の組み合わせが可能で、256通りになります。要するに1バイトは256の違った形になることができるのです。
 どのように文字を記憶するのか?
 コンピューターが文字を記憶する場合、文字や漢字にはそれぞれコード(番号)が決まっていて(JIS)そのコードで記憶できるようになっています。JISで決まっている漢字は全部で6,355字あります。1バイトでは256なので組み合わせが足りません。2バイトにすると(電球16個)その組み合わせは2の16乗で65,536通りです。これなら漢字一つ一つに割り当てても大丈夫です。逆に言えば2バイトあれば漢字やかな一字が記憶できるわけです。何故、8の倍数なのかはコンピューターが計算するときの都合に合わせている・・と理解してください。
 1MB(メガバイト)は1,000KB(キロバイト)で1,000,000Bです。記憶できる文字数になおせば、500,000 字となります。原稿用紙で1,250枚分です。最近コンピューターのマニュアルを読んでいるとさらにその上、1GB(ギガバイト)の容量がノートパソコンでも当たり前になってきました(数年前では夢のような話しでした)。これは1,000MBで1,000,000KBで1,000,000,000B(10億!)です。原稿用紙では・・・計算してみて下さい。
 余談ですが、ハードディスクの1Bあたりの単価は今では無限にゼロに近くなってきています。これだけ実質価格が下がっているものは他にはないでしょう。

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2010年10月13日 (水)

四十坂

Photo_6  先日、地元公民館(正式には「生涯学習交流館」と名称が最近変わりましたが、どうもなじまないので旧称で)の行事で、四十坂を歩いてきました。
 大正五年に出された「静岡県庵原郡誌」によりますと、永禄年間に武田信玄の軍道として開かれた、とあります。とにかく、甲州と駿府を結ぶ街道だったのですね。近所の爺さんに聞くと、「四十坂を越えて清水へ行った」とよく言っていました。自動車が一般的になる前はこの道が大切な「塩の道」だったのです。たくさんの先人が歩いたところを思いをはせながら歩くのも里山歩きの楽しみです。

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1998年3月 レクイエム 高橋竹山氏

 この盲目の三味線奏者の演奏を始めて聞いたのは渋谷のあるライブハウスでした。20年も前なのにエライ迫力に圧倒されたのを覚えています。
 三味線といえば、当時、私がケースワーカーをしていた老人ホームで生活していたおバアさんから三味線を教わったことがあります。場所柄、昔は花街で芸者としてならした方で、当時から楽器に広く興味を持っていた私はそのおバアさんが三味線を弾けるのを知り、個人教授をお願いしたのです。
 その初日、へたクソなギターやバンジョーを弾いていた私はその感覚でハーモニックス音をだしてだいたいの音の見当をつけてペンペンひいたところ、おバアさんはそれこそ目をむいて大驚き。お喋り好きなおバアさんでしたが、昔おバアさんが習った頃は三味線教授は「見て覚える」ものだったそうです。バアさんの修業時代の話を聞いているとそれこそ「三味線道」と言った感じでしょうか。とても日本的感覚ですが何だか合理的ではない気もしました。
 それと合理的とも関係あるのでしょうか、三味線の構造もギターなどと比べて驚くところがあります。弦の張ってある「ネック」が二つになって持ち運びが便利なのは良いところですが、フレッドがない!フレッドとはギターなどについている左手で押さえるところについている「線」です。古くからあるウッドベースなどもフレッドレスですが、時代が下るに応じてエレキベースが出るとそれはギターのようにフレッドがつくようになりました。演奏者が増加したのはこのフレッドがついたことも大きな原因と思うのですが、三味線には今でもフレッドがありません。ひき「易さ」から言えばついている方が格段に楽なのですが。
 それとこちらの方が大驚きでが、「糸巻き」がただの棒なのです。ギターなどにはそこにギヤによる減速器がついていて微妙な調整が容易にできるのですが、1:1では微調整がエライ!加えてひいている途中でもすぐに糸がゆるんでくるのも何とも言えず・・・。
 よく言えば古い伝統をかたくなに残している、わるく言えば時代の流れに無頓着。「それが三味線だ!」と言われればそれまでですが、ガンコオヤジみたいで・・。
 竹山さんはどうか知りませんがやはり「一徹」だったのでしょうね。   合掌。

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2010年10月12日 (火)

お茶の花

Photo_5  写真はお茶の木の花です。手入れがされている茶の木でも花は咲きますが、お茶畑に手が入らなくなると、何故か花が多くなります。写真のお茶畑は我が家の隣の畑ですが、昨年から作られなくなりました。そしたら、今の時期、咲くわ咲くわ、満開です。
 どうしてなのかな。手が入らなくなると、お茶の木は、「ほったらかされた、早く子孫を作らねば」と花を咲かせて、種をこしらえるDNAがあるのでしょうかねぇ。

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1998年3月 鎮札神社祭り

 3月1日・2日は両河内で一番大きなお祭り「鎮札神社の祭り」です。曜日に関係なく毎年同じ日に行われるこの祭り、牧歌的な時代には小学校なども半ドンになったとか。今年は1日が日曜日でしたので、さぞ沢山の人が出てにぎやかだろうなと思いながら出張先からの帰り自宅に寄らずにそのまま鎮札さんに行きました。
 5時過ぎなのに誰もいませんでした。それより何より「テキヤ」さんが三軒しかでていないのです。以前は参道にぎっしり並んでいたのに・・・。不況のせいでしょうか。でも不況ならもっと稼ぐために出てこなければならないでしょうに。それとも廃業したのかなぁ。・・・色々と考えました。いつも地元の大平部落の人たちが神社の後ろで接待をしていて、私も味噌田楽にソバを食べながら熱燗を飲めるのを楽しみに行ったのにもう店は閉じていて、部落の人たちの打ち上げが始まっていました(行った動機が不純ですナ、我ながら)。来年はもっと早い時間に行くこととしましょう。

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2010年10月11日 (月)

彼岸花とコスモスの競演

Photo_4  今年は彼岸花が一日二日遅い、と先日書きましたが、そんなものではありませんでした。
 通常、彼岸花は桜と同じように一斉に咲きますが、今年、お彼岸の時期に花をつけたのは全体の六割程度でした。その他の四割は、その後、五月雨式に花をつける感じで今に至っています。ですから、咲く時期の長いこと。10月半ばになってもまだ咲いています。
 写真は我が家の近くの興津川土手です。コスモスに負けじと咲いております。

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1998年2月 パソコン入門7

 先ずはノートパソコンから

 パソコンには「デスクトップ型」と「ノート型」の二つに大別されます。デスクトップが他は文字通り机の上にデンと置いて使うもの、ノート型はかばんに入るような大きさのパソコンです。両者を比べた場合、大きさの割に価格は安くないのも事実でが、コンパクトなのはノート型の大きな利点です。日本の住宅事情、職場環境を考えると「場所をとらない」ことは大きな条件かも知れません。
 またノートパソコンには「レジウム機能」というのがあり、電源を入れた瞬間に前回電源を切ったままの画面が出てくる機能があります。立ち上げるのに時間がかかるのでは精神衛生上良くありませんし、特に急ぐ時や、10分だけなどと短時間パソコンを使う時などはとても重宝します。パソコンの使い方にもよるのでしょうが、私の場合はノートパソコンの利点がデスクトップパソコンのメリットを凌駕します。
 そして、デスクトップ型は手軽に機能を充実させることができますが、どのように拡張していったらよいのかはパソコンを使い始めた当初はわかりません。それに対して、ノートパソコンは一台あれば完結した、一応何でもできる状態が出現します。使いながらパソコンになれてきて、色々と理解し次の一台が欲しくなった時点でデスクトップ型を購入した方が無難でしょう。もっとも、最近はノート型の性能の向上が著しいので、二台目はもしかしたら必要を感じないかも知れません。
 それとパソコンを買うときのもう一つの条件。もし、貴方がパソコンを買う予算が決まっているなら、パソコン本体は買える範囲で一番高級なものを選んで検討して下さい。
 パソコンは値段によって機能が違います。そして高いものほど快適に使えるのが一般的事実です。パソコンは快適に使えないと不快なものです。それが原因でパソコン嫌いになることも十分考えられます。そうならないためにも最初からできるだけ快適なものを選んでもらいたいのです。

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2010年10月10日 (日)

アオサギのアオちゃん

Photo  なんだかよくわからん写真ですが、丘の中腹あたり、緑一面の中に白いものが見えるでしょうか。アオサギくんがいます。興津川にいくつかいまして、ほとんどは冬になると暖かいところへ移動しますが、何年か前から一羽だけ興津川で越冬するのがいます。朝、起きると私の家の前の川にいたりします。
 勝手に「アオちゃん」と名前を付けていますが、アオちゃんはとても用心深く、すぐに逃げてしまいます。もっとも、こちらもパルをつれていますので、アオちゃんが逃げるのも無理はありませんが。
 アオサギは魚をよく食べるので、害鳥扱いされることのありますが、仲良く暮らしたいものです。

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1998年2月 背中の腫れ

 昨年の暮れ、痛みと共にできた(できたような)腫れ。2月に健康診断のついでに医師に診てもらったら、
医師「加藤さん。こりゃ~脂肪のかたまりですよ」
私「エッ!?」
医師・・・つまみながら・・・「ほら、こんなに摘んで持ち上げられる」
私(そう言ゃ~オヤジのお腹にもこんなのがあって癌か?と騒いだこともあったな)医師「寝ていてゴリゴリして感じが悪いなら手術でとれますよ」
私「・・・そ、そうですか、スミマセン」
 何とも今思い出してもしまらない、情けない会話となりました。とにかく、健康体とのこと。メデタシ、メデタシ。

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2010年10月 9日 (土)

ミイラモロヘイヤ

Photo  知り合いの農家へ行きましたら、日の当たる庭に干してあるものが・・・「モロヘイヤを干しているのよ」、と教えてくれました。
 我が家の畑でもモロヘイヤは夏の暑さでぐんぐん伸び、今では私の背丈より高くなっています。しかし、花が咲き、実がなり、そろそろおしまいです。
 さっそく私もその葉を摘んで干してみました。写真はその第一弾。カラカラに干したものをみそ汁に入れてみたら、独特のとろみが出てなかなか美味いです。
 これはいけそう、と畑に残っている葉を全て干そうと計画しています。しかし、晴れの日が続きません。日差しも弱くなり、昼の時間も短くなり、うまく干せるかなぁ。。。

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1998年2月 清水のお山 1

 ミカントラストファームは今シーズン、大豊作でした。摘花もせずにあれぐらいよいタマがつくのならとても楽ですね。でもこんなことは何年かに一回で、やはり簡単にはいきません。それにしても日曜日のミカン山は沢山人がいます。ほとんどの農家が休日百姓なので、農作業が休日に集中し、農道が混雑してにぎわうわけです。
 「清水」といえば「ミカン」と連想される(た?)くらい、ミカンは清水の代表的な農産物でした。
 当時、古き良き時代にはみかん農家は威勢がよくて、「ミカン農家は一冬で倉が建つ」とか「雨降りには皆、農協で酒を飲んでいる」とか言われ、鼻息も荒かったようです。事実、「ビク(ミカンを切るときに腰につけるカゴ)一杯で男一日の費用がでる」ほどにミカンが高かったのですから、当然でしょう。・・・今考えれば、あの30分も切れば一杯になるカゴ一つで約1万円になったのですね・・・これはすごい!!ミカンで儲けた金で、伊豆や遠州に山を買って、通いながらそちらでもミカンなどを作っていた農家も多く、金回りが良ければ色々な悲喜劇もあったようです。ちょっとしたゴールドラッシュ状態だったのでしょうね。
 また、当時の有名な風景として「いどうはん」というのがあったそうで、「移動班」とでも漢字を当てるのでしょうか、ミカン切りの時期、東北や北陸から農民が泊まり込みで各農家に応援にきていたのです。そのままこちらに居ついて結婚された方もかなりいるようで、「清水に行けばいくらでも好きなだけミカンが食える、といわれて清水に来た」と、そんな一人から聞いたこともあります。
 我が両河内でも「3月になると甘くなるミカン(年末や正月には酸っぱくて食えない)」を山の上の方でたくさん作っていました(山の下の方では気候の関係でミカンができない)。家から1時間以上も歩いたところで作っていたのです。今でも山の上には当時のミカンの木が、ツルが絡まりぼうぼうの草や木に囲まれて残っています。 昭和40年代の前半にミカンの大暴落があり、全ては夢の話になってしまい、その後はオレンジの輸入自由化など、ミカン農家にとってまさに泣きっ面に蜂の時代になりました。価格低下から生産調整、減反とお決まりのコースをたどり、「上の段に立って下の段にあるミカンを切る」(小島部落のミカン山の形容)ような急斜面ではミカン以外に作るものもなく、後継者もいなくなりました。
 そんな経過の清水の山をねらってやってきたのは「開発」です。ゴルフ場・第二東名高速道路・中部横断道路・野球場・等々などナド・・・ぞろぞろ出てきています。何回かにわけて、書いていきましょう。
 トラストファームのミカン切りが終わった日、山を見上げるとミカンがありません(あたりまえ!)。山にミカンがあるとオレンジの電気がついているようで斜面が暖かい感じがありますが、ミカンを切り終えると電気がなくなり本当に寒々とします。冬を追実感する一瞬です。

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2010年10月 8日 (金)

森の石松の墓 その2

52  森の石松の墓は現在三代目。二代目の墓ができた時の写真がありましたが、墓石の右前に「金比羅大権現」とほられて立っているのは、清水の次郎長が石松の死を悼んで作らせた石碑で、愛知県から運ばれたものだそうです。Photo_3
 しかし、これも欠いていく者が続いたようで、現在はご覧の通り。「オリ」の中に鎮座させられています。
森の石松が殺害されたのは1860年。それから150年も経っていますがこの人気。石松は墓の下で苦笑いしているのでしょうか。

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1998年1月 パソコン入門その6

  何故ハードディスクが必要なのか

 実は、私もパソコンを使い始めた頃は、ハードディスクもフロッピーディスクも文書ファイルを保存する役割も同じだし、どっちでも変わらないと考えていました。確かに読み込み速度はハードディスクの方が速いかな、それぐらいの差しか気づきませんでした(実際ハードディスクのパワーも当時は弱かったのです)。
 ハードディスクがなければフロッピーディスクで文書を管理するわけですが、フロッピーディスク一枚では自分の扱う全部の文書をとても管理しきれません。フロッピー1枚で原稿用紙「1,500枚記憶できる」といっても、「1,500枚しか記憶できない」のです。時間の経過と共にフロッピーの数は増えてきます。当然ですよね。私の場合は、私信も含めて3~4ヶ月でフローピー1枚分の文書を書きます。自分で文章を書かなくても、パソコン通信などで他人のものを取り込んだりすればその量はアッと言う間に増えてきます。文書がたまると、項目別にフロッピーを分けたりして対応しますが、そうするとどうなるでしょう。確かに保管場所はあまり問題になりません。ところが、「検索」が不可能になってくるのです。例えば20枚のフロッピーディスクの中から必要な文書を見つけだすのは面倒なことこの上ありません。2枚目ぐらいに目的の文書があればよいのですが・・・。
 ハードディスクなら、片っ端から文書を放り込んでおけます。30年ぐらいは問題ありません。そしてその30年間たまった文章から目的の文書を探し出すのはたわいないことなのです。
 また、ノートパソコンを自分の机以外で使いたい場合、必要なフロッピーディスクを何枚も持つのではめんどうです。容量の大きなハードディスクがあればパソコン本体だけでOKです。
 加えて、ワープロを使っていると辞書に新しく単語や略語を登録する必要が必ずでてきますが、ワープロ機ではハードディスクがないために登録する数に限界があります。まじめにワープロを使えば使うほど辞書は充実し、新規登録単語・略語は増えててきて、使いやすくなっていくのですが、登録に限界があっては困ります。ワープロ機の中には記憶容量を増すためフロッピーに記憶させるタイプのものもありますが、立ち上げるときにフロッピーを入れ替えなければならず、なかなか面倒です。パソコンの場合は実際上無限に登録できます。この差もハードディスクの有無が原因です(パソコンの辞書機能については後日詳しく述べます)。
 くりかえしまが、ワープロ機にはこのハードディスクがありません。これが先ずパソコンとワープロ機の決定的な差です。

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2010年10月 7日 (木)

森町大洞院 森の石松の墓

Photo_2  静岡県西部地区は市町村合併が進み、現在「町」は一つしか残っていません。その唯一の町は「周智郡森町」。森町、と言えば「森の石松」であります。森町は石松が生まれ、殺害された後に葬られた墓があります。
 曹洞宗の名刹大洞院の境内にその墓はあります。しかし石松の墓、誰が言い出したか、「博打のゲンがいい」などと、墓石を欠いて行く者が多く、墓石そのものが盗まれたり、受難続きです。現在の墓石も「三代目」。それでも欠く者が後をただず、修復とのイタチごっこが続いています。
 私が運転免許を取ってすぐ、袋井の小国神社の奥から林道を走って石松の墓の裏に出た記憶があります。30年以上も前の話しですが、その時は二代目の墓石だったのかな。その辺は記憶があやふやです。

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1998年1月 またまた葬式がありました

  昨年の「12月の日記」を書き上げて推敲を終わった頃、隣の家のおばあさんが亡くなりました。今年も残すところあとチョット、という時に葬式でした。
 通夜前の準備の時、花ダンゴを竹の串に刺しながら、
とーさん A「時に、加藤クン、土村に来てからいくつめだ?」
私「7回目です」
とーさん A「ほーだな、ここンとこ続いたからな、でもまだ候補の衆がいるんて」
とーさん B「おじさん、加藤クンも色々覚えたんて、いつ逝ってもいいんてナ」
 以前、河内の部落で百姓をしていた時の葬式の数をかぞえたら、こちらも7回でした。しかし、河内では5年間での数字ですし、つきあいで応援した他の部落の葬式の数も入っています。対して、土村では生活を始めてから3年目、そして土村内だけの葬式数です。いかに「葬式」が多いのかがわかります。

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2010年10月 6日 (水)

収穫の秋

Photo  秋は我が家の庭でも自然に採れるものが多く、嬉しい時です。先日の晴れ間に、栗を拾いミョウガやムカゴをとりました。
 相変わらずサルが出没し、落ちた栗はすぐにサルにとられてしまいます。しかし、さすがにミョウガはとりません。ムカゴも小さすぎるせいか、被害はないようです。
 奥の山に行くと熊が出て、木によじ登って栗を食べるそうです。栗の木は意外と弱く、折れやすいのですが、器用に木登りをする、とのこと。今年は山にドングリなどが少なく(昨年が多かった)、熊も里に下りているようです。まさか、我が家には来ないよな。

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1998年1月 科学技術の院歩

 十数年前の冬、南房総を旅した時の話しです。とある田舎で、ハウスで仕事をしているオバァさんと話しをしました。オバァさんは話しの中で、 「橋ができればここもにぎやかになるのに」 「橋が完成すれば人が多くなる」と何回も言うのです。 私はてっきり、鴨川かどこかの橋のことを言っていると思っていたのですが、どうも違うらしい。それとなく聞いてみると、「東京湾横断橋」のことを言っているのです。「そんな夢の様なことを・・・」とは言いませんでしたが、心では思いながらオートバイに乗りました・・・。 正月に友人宅のテレビで「海ホタル」からの中継を見ていて、この昔のことを思い出しました。オバァさんは完成を見たのかなァ。 本当に、科学技術の進歩はすごいですね。 ところで、耳の聞こえない人たちは聞こえないが故に社会生活上困ることが多くあります。例えば「地震の警戒警報」。静岡県では、東海地震が予想されるだけに、特に大きな問題です。 耳の聞こえる健聴者は、行政の広報放送でどこにいても聞こえるのですぐ次の行動に移れますが、聞こえない人はどうしても情報が遅れがちです。今まで解決方法として、「ファックスで警戒警報の発令を知らせる」、「街頭に電光掲示板を設置する」等と考えられていたのですが、ファックスは家に不在では意味がないし、電光掲示板も町のどこにいても見えるようにするのはほとんど不可能で、以前ならここで思考停止状態になっていました。 ところが、ポケベル・携帯電話などの普及で、今まで全く考えられない方法で一挙に解決できる見通しとなってきたのです。これらのツールを持っていればどこでもいつでも、情報を受けることができるのです。数年前までは、方法としては考えられても、「夢みたい」と一笑ものだったのに・・・。 そういえば先日、盲導犬を連れた視覚障害者と話しをしていたら、最近では人工衛生等を使った盲人用のナビゲーションシステムの研究が始まっているとか・・・。 科学技術の進歩には多くの新しい可能性がたくさんあります。しかし、技術には色々な顔がありますので、その使われ方次第ではとても怖いこともあります。技術の「使われ方」は常に注意をして見ていることが大切、と感じます。

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2010年10月 5日 (火)

秋冬番茶製造

101003  10月に入りまして、両河内では一部の自園茶工場が動き出しています。そう、この時期には最後の製茶である、「秋冬番茶」通称、「しゅうとばん」をこしらえる時期なのです。自分で消費者とつながっている工場が動いているようです。茶市場では値段が付かず、ほとんど取引されていませんので、市場を通す茶園ではこの時期の葉っぱは狩り落として終わり、となります。
 写真は大平の丸福園製茶工場。たまたまパル散歩の途中、茶畑で刈り取ったなま葉を運び入れていましたので、パチリ。ここは、有機栽培の認証を受けてお茶を作っています。今年はお茶の値段が安くてニュースになるほどでしたが、自園工場はどこもオリジナルの特色を出してがんばっています。

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1997年12月 ポケットティッシュ、その後

1 製造会社は四国方面に多いらしく、昭和20年代から生産を始め、30年代には量産体制になったそうです。でも当時はまだ「高級品」のイメージがあり、一部の美容院などで使われていただけでした。一般に広がるのは後年です。
2 広告の効果については・・・広告業界には、広告に接する平均回数を意味する「フリークエンシー」なる言葉があり、ポケットティッシュはかかる経費に対してフリークエンシーが高いそうです。要するに、あのちっこいのをもらうと、一枚ずつ出すたびにあの広告を見るわけで、無意識のうちにそれは心に刷り込まれ、いつの日かサラ金が必要となったときに「ローンズほにゃほにゃ」と思い出せば、ヤッター!!というわけですね。なるほどネ・・・。
 もうひとつ。「ノベリティ」というのは街頭や店頭で配布されるティッシュ・タオルやカレンダーなどの総称で、これは販売促進の即効性を期待するより、将来のために好意を抱かせることに目的がある広告行為だそうです。フ~ン。

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2010年10月 4日 (月)

布沢川ダム5月をめどに判断

101002_2  先日、記事にした「布沢川ダム」、県議会でも取り上げられ、来年の5月をめどに建設継続か中止かを県として判断することとなりました。10月2日の静岡新聞記事です。
 このダム、本体の工事はまだ始まっていませんが、工事の事前準備として庵原の吉原地区からダム現場へ向けて、工事用道路の整備は進んでいます。
 昭和30年代に豪雨で布沢川が氾濫したことがあり、治水は地元にとって大問題であるのは事実で、二度と起こって欲しくない災害です。堆積土砂やその他、ダム建設に伴う自然環境へのマイナス面が数多く指摘され、脱ダムの流れの中でどのような方法があるのか、知恵のだしどころです。

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1997年12月 県道の通行止め

 以前の大雨で土砂が崩れ、通行止めとなった県道は、11月末の大雨で復旧工事箇所がまた崩れて通行止めとなりました。自動車は川を越えた市道が迂回路となってたのですが、細い道でバスが通れず、バスは通行止め。崩れた場所がちょうど我が部落のすぐ上なので我が部落がバスの終点となりました。上の部落は大変です。高校生などは親が送ったりしたのでしょうし、迂回路は狭く自動車の対面通行ができない場所が多くあるので、朝などのラッシュ時はこれまた大変。加えて、ダンプや、温泉民宿の送迎バスも両道ばたの立木の枝を触りながら通るので・・・。
 ただ一つ、毎夜、始発と二番目のバスが我が家の前の道に停まって月明かりの中で夜をおくっている光景は、宮沢賢治の童話の風景みたいで悪くありませんでした。
 しかし、ザックリとえぐられた山肌は一見の価値があります。昼間に我が家へお越しの際にはご案内いたします。

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2010年10月 3日 (日)

カラスがつついていたのは??

Photo_8  先日の夕方、パル散歩をしていたら、土手の道に我が家のまわりにいつも飛んでいるカラスが3羽ほど降りていて、何かをつついていました。「何かの動物の死骸か何かかな?」と思って見てみたら、粉々になった栗がありました。
 栗の木から落ちた新品の実をつついたのかな?または、落ちて他の動物が食い散らかした後のものをつついていたのかな?その辺はよく分かりませんが、よくまぁ見事に細かく粉砕したものです。芸術的じゃ。

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1997年12月 清水港遊覧

 先の防災船と違って、この船は小さいし、同じ船でも走行中も気持ち悪く揺れるのです(カゼも強かったのですが・・)。船内は海産物バーベキュー。
 缶ビールを4っつ飲んだら、酔い方は二倍!少し気持ちが悪くなりました。
 以前より、船も新しくきれいになり、エンジンの音も静かになったようです。以前・・・といえば、数年前、某団体が障害者を招待して船上バーベキューをした時、車椅子の移動介助ボランティアで乗ったことがありました。その時、その団体は何を考えたか、2時間ほどの乗船のアトラクションに「弦楽四重奏」を呼んだのです。
 「ジュワ~」と肉や魚の焼ける音、「ポンポンポン」とかなり大きなエンジン音、「お~い、ビールが足りないよぅ!!」とかのたくさんの人間の声、がゴチャゴチャになって、誰も四重奏を聞いていない!!楽団員はかわいそうでした。誰が企画したんだ?こうなることは予想できただろうに・・・。

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2010年10月 2日 (土)

パルちゃんのお友達

Photo  以前に紹介した、柴犬のたくさんいるお宅へ時々、パル散歩の途中に寄ります。今20匹以上いるでしょうか。入っていくと、あちこちから「ワンワンワンワン・・・(以下略)」と大騒ぎです。相手は柵の向こう側なのでパルも安心なのか、あっちのオリ、こっちのオリ、と挨拶をしてまわっています。時々は遊びに行こうね。

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1997年12月 横浜 八景園シーパラダイス

  八景園シーパラダイスは、楽しいところでした。水族館も良いし他にもアミューズメント施設が色々あり一日十分楽しめます。全部回る時間はありませんでしたが、一番感動ものはイルカのショーでした。あれって、一番最初に芸を教えた人は誰でしょう?どうやって教えたのでしょう?人間の指示(プールサイドで手を上げるのを水の中から見ている)に従って激しく連続ジャンプをしたり、背中に人間を乗せて泳いだりするのを見て不覚にもウルウルしてしまいました。
  中華街は物凄い人の多さ!日曜日だから当然ですね。まさに混沌の世界で私は大好きです。色々な国の人がいて、看板も英語あり、中国語ありで店員同士の話し声も中国語が多いですな。
 昔、学生時代に横浜の本牧に住んでいた友達のアパートに泊まり、朝早くに散歩していたら料理屋の裏のゴミ箱から豚の頭が顔を出していたのを思い出しました。あの時は「おーさすがに中華街だな」とか妙に感心しましたが、今考えると、すごいものがありますよね。
 それと、12月31日深夜の中華街も一度話の種に行かれると良いところです。横浜港は1月1日になると同時に停泊中の全船舶が「汽笛」をならして、それはそれはロマンチックなのですが、山下公園・中華街は爆竹の大嵐で、こちらはとんでもない大騒ぎになります。爆竹の煙で町全体が煙に包まれ、むせるぐらいの火薬の臭い。それでもあちこちで爆竹が鳴り続け、「市街戦の町中はこんなものかな?」と想像できるぐらいです。もう年越しの横浜は十数年前に行ったきりですが、強烈に覚えています。横浜大好き。

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2010年10月 1日 (金)

布沢川ダム見直し着手

100930  興津川の支流に初めて建設される予定だった「布沢川ダム」について、建設計画の見直しが行われることとなりました。9月30日の静岡新聞の記事です。最初から「ダムありき」で論議が始まった感じでしたが、本当にコスト面や効果などをしっかり検討していただきたいものです。布沢川ダムは県内では唯一の検証対象のダムでもあります。
 
100929 写真は稲刈りを間近に迎えた大平地区の田んぼ。パル散歩の途中、私のお気に入りの風景です。

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1997年12月 静岡県防災船「希望」

 先日、静岡県の防災船「希望」に試乗してきました。きれは、地震などの災害時、陸上交通が使えない際に海上から救援を行うために作ったもので、海の上を浮き上がって走るのです。
 これがスマートな体ではないのにとにかく速い!時速にして約80kmで海上を走ります。二時間の乗船で清水港から御瀬崎まで楽々往復してくるのです。振動もなくてとても快適でした(しかし燃料の消費は激しい!)。
 現在、普段は清水港と下田港の間をフェリーとして往復していますが、これに乗って下田へ行き、温泉に入っておいしい刺身を食いたいなぁ。

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