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2010年11月30日 (火)

山がなくなりました

101128_2  先日記事にした中部横断道の工事現場を少し離れたところから撮ってみました。後ろの山も道路工事のために、大きく切り開かれたようです。4月に元沢峠(もんざわとうげ)から撮った写真は反対側から見たものです(少し分かりづらいかもしれませんが)。
 近くで工事が進んでいるのに、正直言って「知らない間に進んでいる」感じであります。

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2010年11月29日 (月)

西河内小学校の紅葉

Photo  今年も今、我が地域の紅葉は一番の見頃です。昼夜の温度差のせいか、何が原因か分かりませんが、今年の紅葉は例年以上に綺麗な感じがします。自動車で走っていても、道際の紅葉や遠くの山に見える紅葉、と冬前の彩りが楽しめる季節です。
 写真は西河内小学校名物のメタセコイヤ。バス道路から見た風景です。奥の山は真富士山。真富士山は標高も高いせいか、ほとんど落葉したようです。

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2010年11月28日 (日)

芋煮会

Photo_2  今日は芋煮会でした。私の地域で山形県で生活していた方がいて、「地域の親睦に」と企画しました。暖かい日差しの中、楽しいひとときでした。「芋煮し牛肉に醤油味」が山形流だそうです。写真の右側はシシ肉と鹿肉のステーキ。これも参加者の持ち込み。堪能しました。初秋の一日、おおいに食べた一日でしたが、ビールに焼酎に日本酒と、少し飲み過ぎのももたろうです。

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2000年2月 テレビの取材

 某日、テレビ局の取材を受けました。仕事柄、新聞やテレビなどの取材を受けることが時々あるのですが、一口に「記者」と言っても色々ですね、当たり前ですが。先日の彼女は非常に熱心で、カメラをまわす前に3回ほど取材に訪れ、こちらが言わんとする内容を的確につかんでいて、放送したものを見ましたら非常によい内容となっていました。
 せっかくでしたので「放送したテープを下さいな」と言いましたら「ご自身で録画した下さい。TBSのオウムへのテープ事件があってから局からは渡せないのです、スミマセン」とのこと。オウムめ、社会の信頼関係をなくした事件のとばっちりを受けてしまったゾ。
 今回取材を受けたテレビ局は昨年、コマーシャルを放映しなかったため民法協会を除名された、という不名誉なことがありましたが、記者は前記したように真面目で「これからもガンバレ」と心の中でエールを送ろうと思っていましたら、また局内に新たな不祥事が見つかったらしく翌朝のNHKニュースで報じていました。
 いやはや、しょーもないな。

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2010年11月27日 (土)

富士川からの富士山

Photo  写真は富士川河川敷から見た富士山です。新幹線に乗っていて東京大阪間で車窓から楽しめる風景のベスト3は、「富士川から見た富士山」、「浜名湖」、「伊吹山」でしょうか。
 川の上では遮るものがないので富士山もくっきり見えます。快晴の冬の日は富士川の橋に来ると新幹線の中の空気ががらっと変わるのがわかります。今日も車窓からシャッターをきっている人がたくさんいることでしょう。

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2000年2月 満州菊

 茶畑などによくでてきて、放っておくと人の丈ぐらいになり、「じゃま!」と倒しても土に付いた茎からはしっかりと根を伸ばし始め、秋になると白い綿毛を盛大に飛ばして、大きな株を抜いても根っこはわずかしかなく、抜いてもそのままおいておくとまた土に付いてまた元気になる、という茶農家にとっては困りものの草があります。名前を「満州菊」というそうで。・・・・はびこって困りもののこの草は菊に似ていて満州からやってきた・・・・香港カゼのように、困ったことは外国のせいに、との名前の草です。
 これが意外に胡麻和えなどにおいしく、春菊のような味がします。時々我が家でも食卓にでますが、カミサン曰く、「あの雑草じゃぁなんだかありがたみがない」。

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2010年11月26日 (金)

2000年2月 庭の山菜

 西日本を中心に雪が降っているとのニュースを聞きながらフキノトウの天麩羅を食べています。寒くても確実に春になっているのですね。やはり春を感じるのは嬉しいことです。
 それにしてもここの家の周りには食卓に上るものがたくさんあって楽しい限りです。
 一年の最初はフキノトウ。それが終わればフキがでてきます。特に春先は柔らかいのでスジをとる必要もなく、そのまま料理できます。私はフキをゆでてヌカ漬けにしたものにオカカをかけたものが大好きです。おかずにもよし、酒のつまみにもたいへんよし。フキは秋まで採ることができます。
 春になれば色々な食材がでてきます。まずはノビル(ノンビルとも言いますね)。強い香りは春の味覚です。にんじんやスルメなどと共に塩コブで和えて少し押しておけばおいしくできあがり。浅漬けはノビルの味と香りが大いに楽しめます。ラッキョウも春にはでてきます。ラッキョウといいますと太ったものを秋に甘漬けにしたり、塩漬けしたりするものが一般的ですが、春にノビルと同じように漬けるとまた違った味でなかなかいけます。
 クレソンは以前書きましたね。暖かくなると色もよくなってきてぐんぐん伸びてきます。伸びれば柔らかくなりサラダにぴったりです。日本のセリも負けずにでてきます。こちらは少し遅いかな。丘のセリはずんぐりむっくりですが香りが強。田んぼなどにでてくるものは大きくて柔らかく、どちらも美味です。
 ウドも庭先にでてきます。初めてここの家に来た時、ヒョロヒョロといった感じでしたが、堆肥をたくさん撒きましたら昨年は威勢が良くなりました。今年はスクモ(籾殻)もありますので美味しく育ててみたいと思っています。しかし「ウドの大木」とはよく言ったもので一年間で立派な「木」になりますが、冬にはなくなってしまい、毎年毎年ご苦労さん、と思います。
 初夏になるとプラムがなります。大きな木で最初、「梅かな」と思っていたらプラムでした。これは嬉しい!!実の色が変わっていても枝からたたき落とすのはかわいそうなので、昨年もその季節には毎朝起きるとすぐに木の周りを一周して落ちたものを拾って歩きました。昼間もカミサンが思い出したようにうろうろしていたようです。毎日10個以上とれて感謝、感激。
 木になるものはプラムと同じ頃に先ずビワ。そして秋の柿・・・・渋柿ですが・・・・。ビワも柿もあまり数がなりません。少ない実はいつもヒヨドリの餌になってしまいます。そして栗。我が家で一番枝ぶりがよい木、というと先のプラムかこの栗の木です。今は葉っぱを全て落として寂しい限りですが、実がなるとそれは壮観です。栗拾いがあんなにも楽しいとは初めて知りました。また、柑橘類は冬の寒さが強すぎて当地ではうまく育たないようです。それでも雑柑類は強いので先日ユズを植えるました。さて、将来うまくなりますかどうか。
 秋になればミョウガがでます。春にでる種類もあるそうですが、我が家のは全部秋。これもずいぶん増えてきます。庭や畑のすみの方にあちらこちらからでてきます。梅酢で軽くつけてもおいしくいただけますよ。
 まだ何かあったかな?そうそう、山椒。庭に2本ありますが実も香り強烈。ミツバもよい香り。そしてシソはじゃまになるぐらい自然の種で毎年でます。でてくるのは青ジソがほとんどですが、赤ジソより香りが強い。特に畑では堆肥が効くのか秋には胸ぐらいまで伸びて茎も親指より太くなり、たくさんの葉っぱをつけます。昨年も「ツマ」とか「付け合わせ」などという上品なものでなく、コラショっと量的にも自己主張するぐらいの量がいつも食卓のお皿に載っていました。また、昨年はハーブも色々な種類を植えましたのでミントなどの多年草はこれからまたでてきます。
 ・・・みんなでいつも食卓をにぎわします。何回でも感謝、感謝。

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茅ヶ崎北陵高校に埋もれた二重の遺跡

Photo_2  先日、私の実家の近く、北陵高校で遺跡が見つかっている、と記事にしましたが、何の遺跡??と聞かれましたので、紹介しましょう。
 写真の説明文をご覧いただければわかりますが、ここには1300年前の役場(いま平城遷都1300年際をやっていますが、その頃ですね)と弥生時代の大規模集落が埋もれているそうです。
 ここの場所は相模原台地の南端になります。ここから南へは5キロほどで相模湾になるのですが、その間は高台がなく、昔は海まで一望が可能なところだったのでしょう。1300年前は、2100年前は、どんな風景だったのかな。想像するのは楽しいものです。

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2010年11月25日 (木)

蒲原からの富士山

1011  ここのところ、下界では雨がありましたが、富士山は雪だったようです。やはり富士山は雪がある方が数段美しく感じます。写真は清水区蒲原(旧蒲原町)から。
 この「蒲原」と言えば安藤広重の東海道五十三次にも「
蒲原宿」の絵が描かれています。しかし、これは大雪の構図です。温暖で一年に一度、風花が舞うかどうかの蒲原の風景にはどうも合いません。「広重が想像で書いた」とか「上越の蒲原と勘違いした」とか色々な説があるようです。私としても、駿河の蒲原なら富士山が載ってないのは不自然、蒲原の前に広がる海が描かれていないのは疑問、と常々不思議に感じています。さて、真相はどうなのでしょうね。

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2000年1月 大人気モーニング娘

 「先生、一緒に見てみませんか」。
 学生に誘われて体育館に入ると中では教え子達が約10人、黒いミニスカートにポックリ靴で歌って踊っていました。曲はモーニング娘の “ラブ・マシーン”。
 「テレビをビデオで撮って繰り返し練習したのよ」。
 そうでしょう、そうでしょう・・・・ずいぶん練習の成果がみられます。フロアーで見ている学生達も一緒になって踊っています。すごく人気のある歌なのですね。でもオリジナルをそのまま真似するなんて独創性がないなぁ。
 「私の学生時代はピンクレディーがはやっていたけど、あえて“黄色いサクランボ”を自分たちで振り付けを考えてやったよ」。なんて、冷たい視線を浴びそうな野暮ったい意見がのどまで出かかったのを押さえました。
 「今度NHK日曜日ののど自慢に出ることになったの」。
 それは、それは・・・・「授業では覇気がないようだけど、こういう時はやはり元気だねぇ」。と2発ぐらい蹴られそうな思いを胸に抱きながら、口から出た言葉は「ぜひ見てみたいなぁ」。
 収録当日の静岡市民文化会館ホールは超満員だったそうです。放映の日曜日は仕事なので(日曜が仕事になったものでミカン山も全くご無沙汰!!)昼に職場のテレビで彼女らの「勇姿」を見ることとしました。
 いつもの練習通りの元気さで鐘二つ、その元気さがアピールしたのか審査員特別賞をもらっていました。3月に卒業する学生達ですが、そのパワーでがんばれ、これからの介護福祉は君たちの肩にかかっている。

 後日談:パソコン通信でこの話題をしたら友人からメール。以下に貼りつけてみましょう。
>・・・うちの職場の女性陣も5人で予選に行きましたよ。
>確か予選ではあの子達の後にやったんですが、
>見事に撃沈!!
>主任が一言「若さに負けた・・・」っと。

 当然、翌週にある授業の時、導入で話題にしました。
 「後ろで座っているときの振り付けは先生に教わった手話をアレンジしてうちらで考えたの」
 そうですか、そうですか・・・・テレビでは気がつかなかったけれどなんだか感動だな、でも試験の点数はアップしないよ。
 「今度は“いいとも”に出ることを目標にします、また見て下さい」
 ・・・・・・・・・・・・。

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2010年11月24日 (水)

梅ヶ島の紅葉

Photo  静岡市葵区の一番奥、梅ヶ島地区へ行ってきました。ちょうど紅葉が美しく、平日なのにたくさんの方が紅葉を愛でに来ていました。私の自宅辺りで海抜が200m程度なのに比べ、梅ヶ島では約1,000mあります。我が家は山の中、と言っても、紅葉の鮮やかさはかないませんわ。
 写真左側に写っている蕎麦屋(?)は、他に食事をするところがないので、てんてこ舞いの忙しさ。アルバイトでも雇えばいいのに、とは勝手なお節介かな。

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2000年1月 新春に友のところへ

 山梨の絵かき友達のところへ久々に行ってみました。昨年秋に作品集を出版し、たまたま本屋で私も見かけたので、それも肴に飲みに行きました。
 今年は正月そうそう2年近く前から手がけていた絵本も出された、とのことで更に話が盛り上がりました。しかし、難解というか、イメージがふくらむというか、前衛というか、ヘンチクリンいとうか、あの絵本を見て子どもはどのような反応をするのかなぁ。出版社もだいぶ思いきった実験をしたものです。約13万部程出ているとのことで、当然出版社を通じて反応が返ってきます。またそのころまた飲みに行こうと思っています。
 しかし彼氏もいつまでも若いなぁ。私も「生活の臭いがしない」とよく言われますが、彼には負けるな。

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2010年11月23日 (火)

JR清水駅東口広場イルミネーション

Photo  先日、JR清水駅東口広場に行きましたら、綺麗なイルミネーションがありました。思わずパチリ。ですが、ピントが合っていませんでした。暗いところで携帯電話を使って撮る写真の限界か、私が酔っぱらっていたせいか・・・、原因は定かではありません。
 静岡市葵区の青葉公園のイルミネーションも派手に飾り付けてあるそうで、今度気合いを入れて撮りに行ってみましょう。

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2000年1月 新春の鳥

 正月は1日、年末から酒浸りの体で愛犬モモタロウと「初遊び」をしていると庭の隅の草むらで「ガサガサッ、ガサガサッ」。すわっタヌキかウリ坊か、と思いそーっと見てみると緑色をした立派な雉でした。人の気配を感じて警戒した目で(そのように見えた)頭を低くしたまま動きませんでしたが、少し近づくとスタコラサッサーと走って逃げていきました。
 正月は2日、家で飲んでいると外からカミサンの声。出てみるとニワトリ小屋の隣で茶色の雉の雌がうずくまっていました。おおっ我が家のニワトリさんに新年の挨拶か、と見ているとそのまま動きません。試しに近づくとスタコラサッサー。
 正月は3日、庭でひなたぼっこをしていると隣の草むらで「ガサガサッ、ガサガサッ」。また来た!見に行くと緑色の雉が2羽。今度は近づかずに見ていると、さかんに枯れ草の中で何かをついばんでいます。30分ほどすると2羽ともこちらを見ながらトットットッと隣の茶畑へ走っていきました。
 どこか近くに巣があるようです。正月そうそう雉さんとご対面できて今年も良い年かな?

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2010年11月22日 (月)

新静岡センター上階

Photo  工事中の新静岡センターを隣のペガサートから撮りました。もうセンターはどでかく立ちあがっていますので、全体をカメラに納めることはできません。写真は建物の上の方の部分。完成するとセンターは11階建てになるそうですので、この部分は9階から11階かな??完成後の形が楽しみです。

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2010年11月21日 (日)

真っ白な橋

Photo_2  一昨日は6時に起きた時、外は1度でした。その後パル散歩を終わって7時に帰宅したら0度になっていました。今年初めての寒さです。先日紹介したつり橋はもちろん真っ白。パルと一緒におそるおそる渡りましたが、足跡もつきませんでした。普段の時のつり橋の色と比べてみてください。Image048
 いよいよ、冬がやってくるのですなぁ。私は1月生まれですが、どうも寒いのは苦手です。ネコ的体質なのでしょうかねぇ。

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2010年11月20日 (土)

2010年11月 中部横断道工事進捗状況

101118  我が両河内を通過する中部横断道の工事が着々と進んでいます。今まで、山の中で道路工事が行われていましたが、昨年7月に木を切り始めた山の所も道路の工事が始まったようです。
 工事はこの後、橋が写真に写っている山から、写真を撮っている位置の頭上へ延びてくる予定です。

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1999年12月 里芋の美味しい食べ方

 以前たびたびお茶刈りの応援に行っていた百姓家でお昼ご飯に出されたメニューです。な~に簡単。
 熱いご飯の上に蒸かした里芋をのせてオカカをかけて少し醤油をたらしその上からお茶をかけて・・・・これだけ。お箸で里芋をほぐしながら食べるとこれがなかなかウマイ!!食べると山芋に少し近いねばりもあり、里芋の味がお茶づけと妙に合うのです。初めて見たときは「エ~何とも粗食・・・・」と正直なところ思ったのですが、味は見かけではありません。そうそう、里芋は少し焼いて少し焦げ目がついていたりするとなお美味しく食べられます。
 私は芋や栗などは食べているとどうしても胸につかえて仕方ないのですが、この食べ方ならば水気もありスムーズにのどを通るのもうれしいのです。簡単にできますので、晩酌の後に食べてもとてもグ-です。
 ぜひ今晩試してみませんか。

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2010年11月19日 (金)

2010年11月 新静岡センター工事進捗状況

101115  いつものように県庁別館の21階からの写真です。この日は二十何年かぶりに秋にもかかわらず黄砂が飛びました。静岡市内はご覧のようなドンヨリ空の下でした。
 センターの建物はまだシートの中です。

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1999年11月 ニワトリさんの初卵

 11月10日はカミサンの**回目の誕生日。その日にキッチリ合わせたようにニワトリ3姉妹全員が一斉に玉子を生み出しました。日齢を数えたら、185日目でした。それにしても3人が同時に初卵を生むとは・・・・きっとプレゼントでしょう。その後はマシンガンのように、とはいきませんが、それなりに毎日産み続けています。現在では近くの小学校から「いらなくなった」雄のチャボを2羽入れてあり、有精卵だと思うのですが(なにせHしているところをまだ見ていないのでわからない)、オイシイ玉子ですゾ。

 立冬を過ぎても暖かい日が続いていますが、我が家の畑ももう冬の風景です。今年はあまり雨も多くなかったせいか里芋の葉っぱも大きくなりませんでした。それでも先日掘ってみたら結構おおきな芋がたくさんついていてビックリするやら、嬉しいやら・・・・。

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2010年11月18日 (木)

マコモダケの収穫

Photo_3  以前から何度か記事にした近所(西里地区)のマコモダケ。収穫のシーズンとなりました。根元の部分を食べるのですが、食べられる部分はタケノコのように皮をむいていって、写真の一番左ぐらいです。
 レシピも色々あるようですが、油でさっと炒めて塩を振って食べるか、ゆでてサラダのようにして食べるのが私は好きです。できるだけ簡単な調理で、そのものの味を楽しんだ方がよいように感じます。さて、いただきまぁす。

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1999年9月 最近の両河内の様子

 今年は一番茶、二番茶共に収量が二割方少なく、市場での取引単価が下がらなかった割には収入が伸びなかったようです。
 我が両河内はお茶の産地ですが、昭和40年代の半ば頃から「葉っぱを売るだけではなくて、自分らで製品(荒茶)にして市場に出した方がよい」と部落単位で農家が集まって組合を作り共同製茶工場を建てて、生葉を集め荒茶にしていたのですが、農家の後継者不足などでほとんどの共同製茶工場が今年度の生葉の加工が終わった時点で閉鎖することとなりました。
 いろいろと話を聞いてみても、組合員は減少し約半数になってしまったり(自園製茶工場を作って脱会したり:発展的脱会?、規模縮小で脱会したり:消極的脱会?)、高齢化が進んでいたり(若い衆がサラリーマンになってトウチャン・カアチャン・ジーチャン・バーチャンしか百姓をやっていない)、それやこれやで自動車が行けないなどの条件の悪い畑は放置されて荒れまくっているし、生葉の収量も最盛期に比べればだいぶ落ちて、それに合わせて売上金も相応に落ちていたり、と閉鎖に至るまでにはたくさんの背景があったようです。今までの共同工場は「跡地利用を」などと、工場誘致や倉庫に、と動きがあったみたいですが、結局何の進展もなく、崩される運命のようです。
 来年からは、広域の地域内(小学校区程度)で一つの工場にして、そこに各農家から生葉を集めるようになるそうです。工場は会社組織になるようで、できあがった製品と農家との距離は確実に広がるでしょう。飲み屋で会ったトウサンの弁「生葉売りたァー、昔に戻ったみテーだなぁ」。

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2010年11月17日 (水)

花嫁さん

Photo_2 従姉妹の結婚式がありました。従姉妹の結婚式なんて何年ぶりだろう??全く久しぶりですし、これが(多分)最後でしょう。もう、姪の子ども(この親族関係は何んて言うのかな?)もいる彼女ですが、花嫁姿はかわいくて綺麗でした(以前からかわいい子でしたが)。新郎も幸せそうでした。
 親戚一同が顔をそろえることが葬式以外になくなってきましたが、やはりおめでたい席の方が嬉しいですね。お幸せに♪

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1999年9月 ニワトリ三姉妹がやってくる

 「エー!また飼うの?」
 私の提案に対するカミサンの反応。
 「・・・・だから、毎日とりたての健康な卵が食べられるし、生ゴミだって食べてもらえるし、だいいち3羽なら世話は全然楽だよ。」
・・・・というわけで知り合いが新しいニワトリの雛を注文するときに3匹余分に注文してもらいました。それが9月の始め、我が家に届いたのです。
 「ピヨピヨ」は卒業して「コッコッコ」と鳴く、日齢120日(生まれて120日目)のニワトリですが、赤いニワトリの特徴でとてもおとなしいのです。我が家の愛犬モモタロウ君とご対面させたところ彼は「久しぶりに見たな」という感じで喜んでいました。
 急ごしらえで物置のような鶏小屋を作りその中に放しましたが、「私は何をしましょうか?」といった感じで、オドオドしています。草を放り込んでも「これは何ですか?」と3人で見つめ合っています。今までニワトリの雛というと初生(生まれて1日目)や60日ぐらいから育てていたのですが、それらと比べるとだいぶ様子が違います。今まで飼育場では配合飼料だけで育てられていたようですね。初生から育てた場合など、120日齢ぐらいにになると草を放り込めばワーと集まってきて大争奪戦になるのですが・・・・それが、草のおいしさを知らないとは・・・・、と小さくはさみで草を切って餌に混ぜてあげてみました。2週間ほど経った現在では、やっとおいしさに目覚めたようです。
 現在のニワトリの品種は約150日齢で初卵があります。高効率追求型養鶏では、とにかく早く生ませて短期間にワーッと集中的に採卵し、(母胎が育ちきれていないので早い時期に産卵率が下がる)1年足らずで総入れ替え・・・・、との方法が一般的なようです。我が家では以前、できるだけ初卵を遅くして母体を完全にでかくして体力を付けさせて、長い間集卵する方法でニワトリを育てていましたが、今回はもうそろそろ、やはり150日齢過ぎには初卵がある感じです。
 ブースカ、ブースカ言っていたカミサンですが、ニワトリが来ると「今朝はとまり木に10時過ぎまで乗っていたのでおろしてあげた」だの「やはり雄をいれて有精卵がいい」だの「とまり木はあの形は良くない」だのいろいろ言ってくれます。現在は雄がをいれて、「コケコッコー」の声と共に朝がくるようになりましたが・・・・、マアその辺はまた次回にでも。
 煙仲間の皆さんに再度提案(以前にも言ったような気がするので)。自宅に庭があり、新鮮な卵が食べたい人はニワトリを一つ飼ってみませんか。小屋は犬小屋程度の大きさで十分。餌は4人家族なら残飯を中心に米ヌカを少し買ってきたりオカラを混ぜたりすれば(コ)ケッコウ(コー)。我が家でも餌は一日に一回だけ、パンくずをもらってきたりで少ない羽数ならほとんど経費もかかりません。以前、農業雑誌で読みました・・・・東京に住む人が北関東に畑を借りていて、そこにニワトリも何羽か育てているのですが、餌・水やりと卵とりは一週間に一度・・・・それでも何とかなっているのですから、やりようです。是非あなたも如何?

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2010年11月16日 (火)

二度目の稲刈り

101113  先日、静岡県袋井市へ行きましたら稲刈りをしていました。この稲、一度初秋に刈ったあとに伸びてきたものです。反あたり一俵ぐらいはとれるのかな。もっと早場米なら、さらに収穫できるのかな。それなら東南アジア並みに二毛作も可能なのかな。などと考えながらコンバインの動きを見ていました(かなりいい加減に刈っていました、笑)。サギがコンバインが通った後をつついていて、それもかわいらしかったです。

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2010年11月15日 (月)

茅ヶ崎北陵高校

Photo  私の実家に一番近い高校はこの「茅ヶ崎北陵高校」です。この高校、宇宙飛行士の野口聡一さんの出身校として少し話題になりました。
 近年、この高校のグラウンドにかなり大きい貴重な遺跡が埋もれていることが判明したのですが、建て替え・調査、とスムーズに話しが進んでいないようです。どうも予算の影響のようです。現在、写真の校舎は使われておらず、別の場所に建てたプレハブで学生達は学び、グラウンドと体育館だけ使っているようです。いずれにしてもこの校舎は近々なくなるのでしょう。見納めかな。

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1999年7月 携帯電話を持って

 電話は何をしていても最優先の対応を迫るからキライだ、あんなものを持ってどこにいても捕まってしまうのはイヤだ。とか、何とかかんとか言っていましたが、耳の聞こえない仲間たちに「便利だよ~是非持ちなされ」と何回も勧められ「そうだね~」と買いました。
 買ってみると仲間たちからメールがどっと入り大驚き。彼らには今までパーソナルな通信方法って考えられなかったし、なかったんだよなぁ。それが今ではどこにいても連絡できるのですからこれは大変便利なツールです。ただ、メールのやりとりは携帯電話の会社が違えば通じません。「健聴者はNTTドコモからJフォンにかけても話ができるのに僕らは使えないのは不公平だ」という彼らの主張はもっともです。ですから必要に応じて違う会社のものを二台持っていたりします。β方式とVHSで以前あったような不毛な戦いが品をかえて続いているのですね。
 そういえば先日、電動車椅子の彼から暑中見舞いが届きました。彼は右手の指先と首が少し自分の意志で動かせるだけです。他は衣類の着脱からトイレまで生活上全ての場面で介助が必要です。今まで自分で手紙を書くなんて夢のまた夢でした。会いに行きますと、彼のパソコンは画面をマウスポインター(矢印「←」)がゆっくり移動していて、自分の選びたいところに来れば頭でスイッチを押す方法で操作していました。ただし、「サァ押そう!」と思って身構えていると頭が勝手に動くこともあり、違うところを押してしまってまたやり直したり・・・・とエラク時間がかかるのですが、夢中になって作文をしていました。さらに体が動かなければ息を吹きかけるのをスイッチにしたり、画面を注視することで合図にしたり、といろいろな工夫がなされているようです。
 これらこそ「ハイテク技術の正しい使われ方」ですね。

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2010年11月14日 (日)

お茶の実

Photo  パルを散歩している時、落ちているお茶の実をかじっていました。「美味いのかな」と思い、私も食べてみました。固い皮をむいて口にすると、ナッツのような食感で「なかなかいけるじゃん」。ところが、その直後に猛烈な苦みが。口がまがりそうなエグ味が・・・「こりゃ、たまらん」。
 考えてみれば、お茶どころでもお茶の実の料理はありません。食べられるものならレシピがあるはずですよね。昔から色々な食べ方を先人達は試行錯誤してきたのでしょうが、結局「こりゃ、食べられん」、と結論を出しているのでしょう。
 しかし、パルはよく食べるな、と思っていたらしばらくして吐いていました。やっぱりダメだったようです。

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1999年7月 我が家のリフォーム記 2

 リフォーム作業は先ず壁のクロス剥がしから始めました。古畳は全部外へ出して、家の強度も考えながら壁も一部は壊して、天井も一部はとってしまい、台所は床も全部取っ払っぱらって・・・・、と最初は壊すことから始めます。しかし新建材など燃やせないものが多いですね。畳は六割方は近所の農家で「栗林の下の草押さえで敷くから持っといで」と言ってくれて助かりました。しかし残りの四割は発泡スチロールなどか入っている化学床でダメ。仕方なく有料で業者に引き取ってもらいました。
 壊しついでに床下に炭を80㎏程度入れて「除湿効果があるかな?」。
 材料はほとんどを地元の製材所で求めて、部屋の壁は杉・床は檜で張りました。リフォームも何回かしているとなんとなくコツもわかってくるようです。
 「1月の日記」にも書きましたが、井戸はもともとあったものの、水量も少なく、たまに枯れてしまうとのことでしたので、地元の土建屋にお願いして掘ってもらいました。あわせて駐車場を整地してもらい大きな石など並べて「どこかの豪邸だなァ」 。水まわりは友人にも応援してもらい大助かりでした。地元の製材所で製材の切れ端を安く買ってきて小屋を造り現在、井戸と吸い上げポンプはその中に鎮座しています。
 さらに、トイレを変えたい、玄関を増築したい、洗面所を新しくしたい、窓も新しくつけたい、風呂の位置もかえたい、と耳に入る要求はたくさんあります。「ガウディの建物のように100年では完成しないのだ」とか答えていますが、全く説得力がないようです。いずれにしましてもこれからどのように変化していきますか・・・・、自分でも楽しみです。

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2010年11月13日 (土)

畑の主さま

Photo_2  昨年、「かわいい猟師さん」、と近所のかかしの記事を書きましたが、その畑で今年はご覧のような「畑の主さま」が鎮座していました。昨年のパーツと同じようですが、表情が違いますね。
 畑の主さまのかかしと横に写っている電気柵のおかげか、ここの畑の大豆やサツマイモは獣の被害はなかったようです。

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1999年7月 我が家のリフォーム記

 清水市河内に新居を購入して1年がたとうとしています。何とか住めるぐらいにリフォームをして、あとの細かいところは住ながら気長にやろう・・・などと思っていると、できないものですね、これが。カミサンは「あれを直せ」「これをこうしろ」とやいのやいの言いますが、たまの休日はほとんど一日畑にかかりっきりで、リフォーム仕事はご無沙汰しています。私だって頭の中では「あれはこうしたい」「これはこんな感じで・・・」と構想はあるのですよ(と、こんなところで言い訳)。

 前の住人が引っ越したあと、「さて、様子を見るかな」と訪れた私を迎えたのは蚤の大群でした。家財道具もなくなった家に上がっていろいろ見ているうちに足下がモゾモゾ。ふと見ると両足に黒い点々が・・・・。「ウワッ!!」と驚いてすぐに近所の雑貨屋さんでキンチョールを買ってきました。その日はキンチョール片手に格闘しましたが、懲りてしまって1ヶ月ほど新居に行きませんでした。
 「それでもリフォームせにゃならん!!」と意を決してバルサンをしこたま買い込みいざ出陣。またまたキンチョール片手に古畳を全部持ち上げ1,2階でバルサンに点火。それで蚤はだいぶいなくなったようですが、完成するまで、ボチボチ退治することとなります。・・・・ここで加藤流蚤の退治法伝授。蚤は第一に捕まえるのがたいへんです。が、水に濡らした手でつまむと比較的容易に捕まえられます。二番目に蚤はつぶすのも難儀。「爪の爪の間でプツッとやるのが好きだ」と近所のジイさんは言っていましたが、なかなか簡単にはつぶれないし、マゴマゴしているとピョンと逃げてしまいます。そこで考えたのが水難の刑。少し洗剤を溶かしてある水を張ったお茶碗があればOK!
 具体的には先ず部屋の中でズボンをまくり上げて足を出して静かに立ちます。そうするとうまそうな臭いに誘われて(かどうかは知りませんが)、来る来る。それらを濡れた指でつまんで茶碗の中へ一つ一つ・・・・。全部とれたら茶碗を持って次の部屋へ行きまたじっと立っているとこれまたピョン゚ヒョン゚ヒョン。再びハイハイハイとつまんで水の中へ・・・・。4ヶ月間のリフォーム中にいくつ捕まえたかしらん。供養祭はまだやっていなかったかな?

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2010年11月12日 (金)

稲の天日干し

101106  田んぼは稲刈りが終わりました。私の家のまわりでは田んぼも広くはないので、コンバイン・・・は、ありません。昔ながらの天日干しがあちらこちらで見られます。今年は夏の猛暑の影響で、できはよくないようです。でもお日様に当たったお米は美味しいのです。早く地元の新米が食べたいな。

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1999年6月 獣医の受難

 これはもう悲鳴です。
 「当院の開館時間をもう一度確認いたします」
 「当院としてこれ以上の拡張は不可能です」
 「他の病院にかかっているペットを当院へ紹介することはご遠慮下さい」
・・・モモタロウをつれていった時に壁に掛かっていた文章の一部です。
 とにかく「お客」が多く、獣医を始め職員がいつ倒れてもおかしくない状態とのこと。原因は何なんだ、社会全体がペットをかわいがりすぎるのか?動物病院の数が少なすぎるのか??そこの病院は人気がありすぎるのか???
 ぜひ、これからも元気で動物を看て下さい。

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2010年11月11日 (木)

この秋一番の冷え込み

101111  昨日の朝、我が家の外の寒暖計は4度。今朝は2度でした。車のフロントガラスや畑の土には霜が一面に降りていました。写真は今朝、朝日が当たる直前の風景。山の上に朝日が差していますが、興津川はモヤが立ち上がっています。右の畑は霜。こりゃ、早く里芋も掘りあげなきゃ。観葉植物も室内に避難させなきゃ。101111_2
 
もう一葉。我が家の地区にあるつり橋も霜でご覧の通り。パルの足跡などが黒くなっています。今朝の静岡市の最低気温は5.7度とか。我が地区は約4度低いわけだな。

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1999年5月 愛猫アスカの受難

 我が愛ネコ、アスカ君の異常は頻尿から始まりました。のべつまくなしにトイレに行く。だけどほとんど出ていない。そのうちに家中に尿失禁をするようになり、カミサンが泣く羽目に。
 くだんに病院につれていくと「ネコエサ中のマグネシウムが原因で、石がたまっている」とのことで一週間の入院。保険もきかず、入院費の高さは予想はしていたものの「ウ~ン、やっぱり」。
 それ以上に不思議で腹が立つのは、ネコのエサとして売っているものをあげていてそれが原因で病気になるとは。獣医曰く「最近のペットブームで今まで捨てていた魚のカスも金になるのでエサに入り、質が悪くなっている。動物のエサは基準が甘いから」。
 以前飼っていたヒマラヤンの「ムックン」もキャットフードしか食べないネコで、同じような頻尿の症状がでました。その時に原因を知らずに失禁した場所へつれていって怒ったりして・・・マグネシウムが原因なら悪いことをしました。本ネコ(本人ではないものネ)には責任はなかったのに。
 アスカはそれから獣医指定の特別エサが常食となり、元気に暮らしております。

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2010年11月10日 (水)

ワサビ苗が育ってきました

Photo  我が家の近くで、7月に「ソルゴー」が繁茂していたハウスは現在ワサビ苗の収穫が始まっていました。「腰が痛いよ」と言いながら、おじさんは収穫に汗を流していました。この苗、安曇野の方へ出荷されるそうです。大王ワサビ園など、広大なワサビ田が広がる安曇野ですが、苗は我が家の近くからも行っているのですな。何となく安曇野が近く感じられました。

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1999年4月 愛犬モモタロウの受難

その1 モモタロウの巻
 いつも元気いっぱいの我が愛犬、モモタロウが突然元気を失いました。シッポを下げたままメシも食べません。体をさすると気持ちよさそうにしますが、チンチンの近くになると歯を剥いて怒ります。よくよく見ると「タマタマ」が少し大きくなり腫れています。とにかくかかりつけの動物病院につれていきました。
 いつもよくしてくれる獣医さんはタマタマを見るなり「これは****(名前を忘れてしまった)ですね」と一言。原因を聞くと、イヌが座る際に体の重みでタマタマが地面との間で圧迫されてそれで炎症を起こすとのこと。時によっては更に悪い病気も併発するそうな。
 そんな、イヌに「横座りをしろ」とは言えないし、座るポーズはイヌの本能じゃないの?それなら雄イヌはみんな病気になっちゃうね・・・、と言うと、草の上とかに座っていればショックがやわらぐ、と獣医。我が家ではモモタロウが走り回れるようにワイヤーを張ってかなりの距離を移動できるようになっているのですが、下は全部コンクリか石がゴロゴロの地面でした。これではタマタマによくない。
 全部の雄イヌがなるわけではないそうですが、
 「根本的に治すにはとるっきゃないの?」
 「そうですね」
さて、モモタロウの運命や如何に。去勢するかどうか、今カミサンと話し合っています。

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2010年11月 9日 (火)

大道芸ワールドカップin静岡2010

2010wc  11月の初旬は毎年恒例の「大道芸ワールドカップinしずおか」が開かれました。今年も国内外から多くの大道芸人がそれぞれ得意の芸を披露し、多くの観客を楽しませました。
 この大道芸の企画に中に「ウォーキングストリート」というのがあり、街中で突然パフォーマンスが始まります。写真の楽団もご機嫌な演奏を奏でながら通りを歩いてしました。大道芸ワールドカップは、「こんな芸ができるのか」と毎年新鮮な驚きを感じられる楽しい催しです。

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1999年3月 CMへの手話指導

 コマーシャルの中で彼女はきれいな手話をしていました。
 ある会社から「CMに手話を入れたいので、タレントに手話指導をお願いしたい」、と広告代理店から県の聴覚障害者協会を通じて話しがあったのはずいぶん前のことでした。聴覚障害者の彼と共に東京銀座のコマーシャルスタジオでそのタレントに会いました。彼女はバラエティー番組やドラマなどで人気があるそうです(我が家はテレビがないので見たことがない)。少しきれいな女子大生といった感じの女性でしたがカンのよさには驚きました。
 「何年か前に一度手話講習会をうけたことがあります」とは言っていましたが、そんなの何もやっていないのと同じです。「覚えられるのかなぁ・・・」・・・こちらの不安は杞憂でした。2時間ほどの指導でほぼ完全に覚えて、表情も豊かに声のメッセージと共に手話を現します。
 「ロケ地で見たいので」とのことで私の「お手本」をビデオに収めて手話指導はオシマイ。その後は衣装合わせ打ち合わせ、などなど。色々と話を聞いたらロケ地はハワイ。一週間ほどのコマーシャルロケですが、監督以下20人近くのスタッフが行くらしくそれ以外に現地で臨時のスタッフを雇うそうです。野外での撮影なので雨が降ればその日は何もすることなし・・・とまあ何とも大がかりな感じがします。
 スポンサーの会社は日本の農業を代表する団体、最近は農業を守るよりマイカーローンなどの金融業に大きな力を入れていて・・・とと、これではわかってしまいますね。とにかく「そのような団体が何故ハワイの自然の中でコマーシャルを撮らなければならないの?静岡県内にもよい所がたくさんあるのに」と大きなクエスチョンを頭の上に揺らしながら新幹線で帰ってきました。
 そのコマーシャルが「なんとか大賞をとった」と製作した広告代理店から連絡が入り、「もうひとつ作りたい」とまた手話指導の依頼に、仲間が再び東京に行ってきました。帰ってから話を聞いて「?」が少しとけました。日本では屋外ロケは規制が多くてあちこちにたくさんの申請書を出さなければならず、ホイホイと簡単には実行できないとのこと。それにしてもそれにしても両河内の茶畑や竹林の中でも良い「絵」が撮れるのに。

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2010年11月 8日 (月)

水声園のお祭り

101103  先日、西里の黒川地区にある水声園(すいせいえん)でお祭りがありました。この水声園は以前紹介したお茶「まちこ」の品種を作った望月哲郎さんのところです。お昼頃に伺いましたら、彼の家の前は、人人人人人・・・。おでんや、お蕎麦や、椎茸焼きなどが食べられました。また、座敷ではお茶「まちこ」などを飲むことができ、秋の日の一日、皆さん満足そうでした。
 この時期、お茶の仕事は一段落しますので、このように消費者を招いた企画が開かれるようです。また、来年も寄らせていただきますね。

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1999年3月 腰痛とのつきあい

 私は健康には「超」か「バカ」がつくくらい自信があるのですが、ただ一つ弱いところが「腰」なのです。
 今月は久しぶりに痛めてしまい、寝返りがうてなくて朝になると首が痛くなったり、立ち上がるのには自分の手で応援しながら超スローモーに動かさなければならないし、靴下がはけずにカミサンに応援してもらったりとさんざんな日々でした。
 以前、老人ホームに勤めていたときがきっかけです。
 その日、午後の散歩のためにいつものオバァちゃんをベッドから車イスに乗せようと抱き上げた瞬間、「一突き」がきました。「ウッ」とか何とか言ったでしょうか、表現できない痛さで立ち上がるどころか動くことができません。「あらっ、加藤さんどうしたの」とのオバァさんの声に「ナースコールで誰か呼んで下さい」と答えるのが精一杯でした。
 どうやって移動したのかは覚えていないのですが、しばらく横になって休んだ後、ホームのリハビリの先生に「ハリ」を打ってもらいました。
 「飯島君(助手)、ナースのところから消毒液をもらってきてくれ」
 「先生、看護婦はもう帰りましたよ」
 「そうか・・・そんじゃぁ棚の下に泡盛があっただろう」
万事がこんな調子で私は段々と不安になります。
 「先生、このハリ先っぽがずいぶん丸まっていますねぇ」
ハリをまじまじと眺めながら飯島さんが言ったときに不安は最高潮に。
 「平気だよ、腕でカバーだ」
などとよくわからないことを言いながら打ってもらい、その後も毎日続けました。幸いにも効果があったのか一ヶ月ほどでほぼ完治しました。
 それ以来、自然に腰をかばうような生活になりましたが、それでも何年かに一度は痛めてヒーヒー言っています。これからもず~とつきあうのでしょうね。

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2010年11月 7日 (日)

一人用立ち乗り車

Photo_3  先日、浜松市で「第3回国際ユニバーサルデザイン会議」がありました。会議の内容も興味がありましたが、色々な企業や団体のブースもおもしろいものがありました。
 写真はトヨタ自動車。一人用の乗り物です。このようなもので、みんな移動する日が来るのかな。移動の困難な人には便利でしょうが、健康な人が乗り続けたら足が退化しそうですな。

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1999年2月 鳥さん

 我が家にも色々な鳥が飛んできます。残念ながら鳥に関してはほとんど見分けがつきません。大きさや色が違う沢山の種類がいるなぁ、ぐらいです。これからは図鑑を片手に勉強しようと思っています。庭にもネコやモモタロウにじゃまされない場所にエサ台を作ろう、と先日カミサンとも話をしました(冬が一番必要なんでしょうが少し時季はずれですね)。
 以前、山田風太郎のエッセイを読んでいたら、庭にエサで「バカ」と文字を書きその通りに並んでエサをついばむ鳥達を窓から眺めるバカな私の風景・・・が載っていましたが、今度やってみましょう。

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2010年11月 6日 (土)

1999年2月 フナ

 我が家の裏の方にちょっとした池があります。いつも水をたたえて中では鯉やフナなどが泳ぎ、周りには桜の木が何本もあって絶好の散歩コースです(桜の季節も楽しみ!)。「アイガモをはなしたらいいね」とカミサンとも話しています。ところが年末からの雨不足に水位が下がり始め、ついに水があるのは約3メートル四方になってしまいました。魚たちは背中を半分ぐらい出してうじゃうじゃ、あと数日で干上がるかカラスのエサになりそうです。友人は「フナは泥の中に潜って生きているよ」と言いますが・・・。
 「なんとかして!!」と絶叫するカミサンに「僕に言われても・・・」とブツブツしながら部落の組長の家へ行き話を聞くと「あそこは個人のものだからなぁ」隣で中学生の息子が「あれならモリで突けるね」。翌日、水のない池のそばで持ち主夫婦が仕事をしています。話をすると「忙しくて池の守もできないなぁ」「一日ユンボを川に入れてダムをしっかりすれば良いんだけれど・・・」。そうだッ!! 水の取り入れ口をしっかりして水路をきれいにすれば水が入るのでは、と翌早朝、川で「ダム」の石を少し組み直し取水口にたまったゴミを取り除き、後の水路掃除はカミサンに任せて仕事に行きました。夜に帰宅して見ると池はかなり水が入っています。カミサンに聞くと「ゴミをとっていたら突然水が流れ出してびっくりした」。数日で池は一杯になりよかったヨカッタ。
 まだ雨が少ないのでいつも気にして池を見ています。雨々ふれふれ・・・。

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2010年11月 5日 (金)

秋の味覚、リンゴ

Photo_2  長野県須坂の友人からまたまたリンゴが届きました。宅急便で届いた箱を開けると、シナノゴールド、あいかの香り、王林とさまざまな種類が入っていました。それぞれね色も違いますし、香りの強さも違います。味は・・・まだ食べていませんが。いろいろな品種があり、しばらく楽しめそうです。ありがとうございまぁす。

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1999年2月 タヌキと遭遇

 その日は深夜、カミサンを乗せて両河内の山道をいつものように自動車で家に向かって走っていました。慣れた山道はどこでどのようにカーブがあり、どこが危ないかよく知っているのですっ飛んで走っています。口の悪い知人は「神風特攻隊」とか言いますが、それはともかく、先の道の真ん中に何かが横になっていました。徐行して見るとけっこう大きな「タヌキ」でした。転がっているタヌキの周りはぬれていて道路の色が変わっており、「こりゃ事故にあったな」と一目でわかります。彼の手前で車を止め、ライトの中で近づき体に手を当てるといきなり首をピョコッ!
 二回ぐらい首を振ったら私と目が合い、「ダンナ、何ですかぃ」。ゆっくり体を起こしてノロノロと道脇の茶畑に消えていきました。転がっていたところをよく見るとぬれていたのは血液ではなく、失禁の結果でした。加えて特大のウンチも三切れ残っていました。
 月に一度ぐらいは事故にあったタヌキを朝、出勤途中に見かけます。好きな人はすぐ拾ってきてタヌキ汁にするとか。では、今度遭遇したら、捕まえてみる?どうしましょう?

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2010年11月 4日 (木)

ソレイユ・ルヴアン コンサート

101102_2  先日、富士市でソレイユ・ルヴァンのコンサートがありました。このアンサンブルはルイ14世時代の楽器を用いながらバロック音楽を演奏する活動を続けています。たまたまメンバーの一人の親族が知り合いで、コンサートがあると声をかけてくれますので私も聞きに行きます。
 今回も、繊細で緊張感のある演奏に満足しました。
 ただ、気になったことが・・・。バロックオーボエがセンターにいますが、リードを湿らすために時々演奏中、口に水を含みます。そのコップを座っている椅子の横の床に置くのです。一曲ごとにユニットが代わるので椅子や譜面台の移動がありコップにホコリが入りそう・・・。また、一曲ごとにバロックバイオリンがチェンバロの所に行き調律するのですが、その時にもバイオリニストのドレスが床のコップをひっくり返しそう・・・。とかなり気になりました。小さな台にでも置けばいいのに、と気を揉みましたが、あれが普通のやり方なのかな。

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1999年2月 ウリ坊

 「伸ちゃ~ん!ちょっと来て~!!」休みの日、外で庭いじりをしている夕刻、モモタロウを散歩に連れだしたカミサンの声。「何を騒いで・・・」と声のする隣の家の方(隣家は別荘でいつも人がいない)に行くと、モモタロウのヒモをつかんだままカミサンは興奮状態、モモタロウも植え込みに向かって足を踏ん張り、目の色を変えていました。話を聞くと、ネコほどの大きさの「ウリ坊」が歩いていた、とのこと。「それでは・・・」と思い辺りを探しましたがすでに田んぼを通り山に逃げたようでした。近くに母親イノシシがいるかも知りれないアブナイアブナイ、などと話していたのですが、後日に近所のかぁさんに聞くと、「前に、車のライトに驚いてあんたっちんところの庭を通って山にとんでったのを見たことがあるよ」。イノシシは山にエサのない冬場によく里へ下りてくるのかな、と思っていたのですが、それだけではなく夏場や稲がはんでいにかかっている秋にも田んぼによく来るそうです。深夜、人間が寝静まっているときに家の周りをイノシシが猛進している図を想像すると面白いですね。
 そういえば深夜の3時頃、モモタロウが時々吠えます。狂ったように吠えることもあるのですが、どこかの犬がうろついているか、タヌキかキツネ・イタチか何かかと思っていましたが、もしかしたらイノシシだったのかも知れません。

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2010年11月 3日 (水)

佐治麻希さん講演「さだ子と紙芝居」

Photo  私も入っている静岡県手話通訳問題研究会の主催で佐治麻希さんの講演会がありました。「さだ子と千羽鶴」の紙芝居で反核平和の訴えを続けている伊豆在住のお坊さん(尼さん)です。
 時々、その紙芝居の活動がテレビで取り上げられたり、現在静岡新聞の夕刊にもコラムを書いている23歳の彼女ですが、強い精神はどこからきているのかな、と思いながらお話を聞きました。お話の中で、彼女のおじいさんは人殺しに反発しながら、通信兵として戦争で南方に行かれ、九死に一生を得て帰国後、戦死した戦友の遺骨収集をコツコツ努められていたそうです。その思い出話をおじいさんの膝の上で聞きながら育った経験あるようで、それも強烈な体験になっているのでしょうね。
 つい先だって、「佐治妙心(みょうしん)」さん、となり、髪を剃られた麻希さんですが、これからも活躍を期待します。

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1999年1月 パソコン入門15 書籍紹介

  ・  「パソコンをどう使うか」  諏訪邦夫著  中央公論新書
  諏訪氏のパソコンに対する思想がよく分かり、それに共感できるので一気に読みました。各章も短く、文章も平易です。ただ、具体的な技術の記述が少し古いのです(パソコンは日進月歩ならぬ秒進分歩なので仕方がないですね)。
  それと、ベストセラーになった、

    ・  「超・整理法」  野口悠紀雄著  中央公論新書
  もパソコンの利用法について参考になりました。パソコン利用の参考にする以外でも、非常に「ため」になる本です。この本が勧める「押し出しファイリング法」(全述の文書整理方法と同じ)で私も現在紙の資料を整理しています。非常にうまく機能しており、会う人ごとにすすめています。
  野口氏の著書には他に「超・勉強法」や「パソコン超・使用術」(だったかな?)等数多くあり、それぞれによく売れています。どの本も非常に面白く、余裕があれば一読をすすめます。ただ、一冊目は「超・整理法」がよいでしょう(価格も安いですし・・・)。
  その他、中公新書からは

    ・  「文科系のパソコン技術」  中尾浩著
  も具体的なパソコン操作の記述が多く、読まれれば有益でしょう。特にウインドウズ95に対応して書かれています。
  中央公論社はパソコンに興味があるのか、「中公PC新書」を創刊していくつかの本を現在では出しています。それぞれに面白そうです(まだ三冊しか読んでいないのでよく分からないのですが・・)。
  とにかく、新書でこのような本が出るのは嬉しいですね。700~800円ぐらいで購入できるので懐も痛まず。

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2010年11月 2日 (火)

西里共同工場解体

Photo_4  西里の共同製茶工場組合が解散し、工場そのものも解体されました。地域では小学校の次に大きな建物でしたが、体育館みたいなものですから、あっと言う間に更地になってしまいました。
 5月の連休の頃は一晩中電気がついて、機械が忙しく動いていた風景も完全に過去の話しとなりました。西里共同製茶工場40年の歴史を閉じる場面に、思わず合掌。

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1999年1月 パソコン入門14

  エディターの使い方
  私の場合はノートがわり・メモがわり(机の前に座っている時)です。会議の記録も日常の出来事・変化も気づいたことも全てエディターに記録して保存しています。レポートなどを書くのは必ずそれらを元にして書いていきます。以前は紙に書いたのを改めてパソコンに打ち込んでいたのですが、結局は時間の無駄と気づきました。最近は手紙やファックスもパソコンを使っていますので送信したものは電子的に記録に残るようになっています。今後もこの方法を続けていけば、何十年分の手紙の中から目的の一通を探すことも簡単になります。残りは・・届いた手紙は紙ですが、必要なものはスキャナーなどで読み込めば電子化できますか、そうすれば同じように処理できますね・・・。今後考えたい課題です。また、記憶した新しい順に文書名が表示されるように設定してありますが、文書を探すには最適な方法だと思います(中公新書「超・整理法」野口悠紀夫著参照・・後述)。
  もう一つのエディターの効果的な使用法は「自分の行動録」です。例えば、1998年12月12日に自分が何をしたか、誰から手紙が届いたか、誰にファックスを送ったか、誰に電話したか・・・などを一日の最後に書き留めておくことはとても有効です。強力な検索機能をフルに使えば最高の「秘書」となります。言った言わないのトラブル防止にもなります。私自身は半分ぐらい実行していますが、それでも記憶のあやふやさをしっかりとおぎなってくれます。

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2010年11月 1日 (月)

アナグマの住処は???

 先日、日が暮れかかった頃、台所の下でゴソゴソ音がします。「どのネコか」と思い点呼をとったところ、4匹全員、部屋の中で寝そべっていました。以前、我が家を住処にしていたアナグマがまたやってきたようです。4年ぐらい気配もなかったのですが、再び我が家の下に現れました。あまり悪さをしないでくれよなぁぁぁ。
 暗くなると裏山ではサルが大騒ぎをしていることがありますし、人間の近くに山の生き物たちが確実に近づいてきています。「山にエサがない」とかよく言われますが、個体数が増えすぎたのが根本的な原因でしょうな。全く、ここはどこの国だろう???Photo_3

 写真は豊作だった栗をカミさんが渋皮煮にしていました。圧力鍋でやっていて、時間も短くできたようです。このメニューが一番、栗の消費量は多いかな。

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1999年1月 ついに「圏内」に♪

  ついに、我が家もエリアに入ってしまいます!!何がって、携帯電話の、です。
  今まで携帯電話のパンフレットを見て、「人工カバー率99.9%」などと載っていると「フッフッフッ、なんたって我が家は0.1%だもんね」と嬉しく思っていたのです が、ついに、ついに、です。
  近所のガソリンスタンドで電話の販売を始めました。村の衆の話を聞くと、
  「山仕事に行くときに持って出られて便利」と飲み屋でおじさん。
  …地区内の一番高い所に中継器基地できるので茶畑などもほとんどがエリアにはい      ります。山と自宅との連絡手段は今まで全くなかったので、連絡がとれないこ      とによる大爆笑のエピソードもこれでなくなりそうです。しかし、枝打ちなど      の山仕事に行く時ポケットに携帯、というのも何だかおかしいですね。
  「家で持っていないのはもう私だけだけ」と立ち話をしたオバァさん。続けて「庭で洗濯物を干しているとき家の電話が鳴っても走れないので間に合わない。私も持とうかしら」
  …う~ん。0543-95-****の電話と090-****-****のものと話がゴッチャになってい       るなぁ。0543-95-****電話のコードレス子機をもって表へ出れば良いんだよ、      と何だか言いそびれてしましいした。今度教えてあげましょう。

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