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2010年12月27日 (月)

河内の大石(安産石)の史実

101226  我が河内地区で一番有名な史跡です。
 この大きな石、両河内村史では高さ57尺(17.1m)、周り180尺(54m)とあります。
 元々この石は現在の地より4000m離れた真富士山の中腹に「八斗石」と呼ばれていた巨石としてあったそうです。その頃は河内の部落からも真富士山を眺めると、この八斗石が見えたとか。
 それが安政元年(1854年)旧暦11月28日(新暦12月23日)に起こった安政東海大地震(M8.5 いわゆる「安政の大地震」とはこの翌年に南関東を襲ったもので別の地震)で不安定になり、翌年の旧暦7月26日の豪雨で石沢川を転がり落ちてきて現在の場所で止まったそうです。
101225
 この地震と豪雨災害は大きな被害を出し、その人心を鎮めるために時の神職小沢岩見守清麿は高御産巣日神と皇産巣日神の二神を合祀し神の加護を祈願した、とも村史にはあります。以来、7月26日を祭典日とし、その内に安産を祈願する信仰が生まれ現在に至っています。

河内の大石、発祥の地

河内の大石(安産石)の史実 その2

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コメント

ももたろう様

昔良く行きました。
ご説明のように転がってきたんですね~。
知りませんでした。

投稿: ぺっくんG | 2011年1月 4日 (火) 13時51分

ぺっくんG さま

 この大石が転がった時の豪雨災害は被害もすごかったらしく、西河内ではそれに関わる行事が今でも続いています。また記事にしますね。

投稿: ももたろう | 2011年1月 5日 (水) 18時46分

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