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2011年3月31日 (木)

カエルも春の季節♪

Photo  夕方、パル散歩をしていたら、沢の方で何とも奇妙な鳴き声が。パルも及び腰になりました。意外と臆病。。。
 
草むらや沢の水の風景に目が慣れてきたら、いるわいるわ。男性の握りこぶしより大きいサイズのカエルが大勢。みんな子孫繁栄に必死です。一つの雌に雄が二つぐらい争って登っています。写真カエルも手前のは負けて追い出された結果。
 あっちでもこっちでも沢は大騒ぎです。写真を撮るために道から沢へ私が飛び降りても、全然動じません。しかし、鳥などにやられないのかな。家の愛ネコ、たけぞうクンが見たら捕まえそうだ。

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2011年3月30日 (水)

西里グループホーム工事現場

1103_2  以前西里製茶工場があった場所に造られている高齢者のグループホームは、工事も着々と進んでいます。先日昼間に通ったら、生コンを送る機械ががんばっていました。福島原発で水をかけていたのと同じような機械ですね。
 グループホームは今年の6月に開所するそうです。

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2011年3月29日 (火)

石垣がほぼ完成

1103  去年の4月、桜の満開の時に紹介した、静岡市民文化会館裏側の石垣。静岡地震で倒壊していたものの修復がほぼ完成したようです。4カ所の石垣が壊れましたが、最初に修復が終わったようです。
 まだ、白いロープが張ってあり、倒壊した場所がわかります。以前使っていた石と新しい石と違いもわかり、見ていてなかなか楽しめました。

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2011年3月28日 (月)

杉林、濃すぎるなぁ

Photo_5  我が家の裏山は植林が続いています。パル姫を連れていくには格好の場所ですが、行けども行けども植林が続きます。そんな中で空を見上げてみますと、こんな感じ。なかなか芸術的ではありますが、やはり木が多すぎる感じですな。なかなか間伐や枝打ちがなされていませぬ。

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2011年3月27日 (日)

梶原景時史跡めぐり その5 梶原一族供養塔群2

Photo_5  この供養塔群のある家は、北街道から少し入った所にあります。北街道は「静岡県道67号静岡清水線」が現在の正式名称ですが、東海道の北側を走る道ですので、こう呼ばれています。鎌倉時代にも大動脈だったのです。この家は当時は街道に面していたそうで、その街道との境だった石垣が今でも残っています。写真の右側にある家の所は、以前には道だったのですね。

 梶原景時史跡めぐり その4

 梶原景時史跡めぐり その6

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2011年3月26日 (土)

梶原景時史跡めぐり その4 梶原一族供養塔群

Photo_4  これは、梶原一族の供養塔群です。清水区高橋西にある個人宅の庭にあります。興津清見関で始まった戦は、景時らが西へ走るのに合わせて戦場も西へ移動していきます。
 ここ、高橋では吉香小次郎、舟越三郎らの主隊が梶原軍を待ちかまえていて、壮絶な争いがありました。
 この供養塔群のある場所は、戦いの中心地で一番多くの死体があったので、大内の矢崎やその他、あちこちにころがっていた死体を集めて、三十三の死体を埋めたところだそうです。塚の隣にある竹藪を掘ったら人骨が出たこともあるとのこと。また、この塚のあるお宅では、命日である1月20日には供養を現在でも続けています。

 梶原景時史跡めぐり その3

 梶原景時史跡めぐり その5

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2011年3月25日 (金)

烏骨鶏

Photo_4  先日、烏骨鶏が我が家にやってきました。近所の友人宅で孵化しました。ふかふかの白い羽が触っていてとても気持ちがいいのです。まだピヨピヨ言っていましたが、我が家に来て、他の鳥小屋から「コケコッコー」と鳴いているのを聞いて刺激を受けたのか、翌日の朝には「コケコッコー」と鳴き始めました。かわいい家族となりました。

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2011年3月24日 (木)

古代東海道

Photo_3  ここは8世紀から10世紀初頭(奈良時代から平安時代前半)ころ、東海道として使われていたそうです。ちょうど、写真のような幅があったとのこと。当時の遺構はここの地下1.5mのところに今でも残されているそうで、植木によりその側溝の位置を表現してあります。ですから、当時の東海道はこんな道幅で、このような方向に延びていたのですね。
 富士山も写真のように見えていたことでしょう。

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2011年3月23日 (水)

のんびる料理

Photo_2  我が家の畑のすみっこに、土手でとってきたのんびるが植えてあります。毎年分けつを繰り返して、春になるとニョキニョキ出てきます。いつもこの時期になると春の味として楽しんでいます。勝手に出てくる感じなので、とてもありがたい食材です。
 しかし、今年のは何故か香りが少し弱い感じがするな。どうしてかな??

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2011年3月22日 (火)

東北関東大震災に救援物資

Photo  静岡県社会福祉会館から東北に向けて毛布などが送られました。会館の1階の広いスペースに山と積まれていましたが、必要な場所へテキパキと運ばれて行きました。
 我が家では宮城の親せきへ救援物資も送る予定です。少しずつ個人宅配も可能になってきましたので。

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2011年3月21日 (月)

梶原景時史跡めぐり その3 清見関3「血天井」

Photo_3  この興津清見寺は古刹で、徳川家康が子どもの頃勉強をしていた部屋も本堂内にあります。この本堂西側の玄関には「血天井」と呼ばれるところがあり、この血は景時のものであるとの言い伝えが残っています。清見関の建物の古材も使ってこの天井はふかれているそうですが、本当に800年経過した景時の血である、といわれても疑わしい感じはします。これは、ここ清見関で襲われた景時の「無念さ」等が言い伝えとなったのでしょう。

 梶原景時史跡めぐり その2

 梶原景時史跡めぐり その4

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2011年3月20日 (日)

梶原景時史跡めぐり その2 清見関2「吾妻鏡」

 この興津地域は鎌倉幕府の影響下にある入江一族の勢力圏でもあったので、梶原勢をくい止める第一陣が配置されていたのです。
 吾妻鏡には、「亥の刻、景時父子駿河清見関に至る。而(しか)して其(その)近隣之甲乙等、射的をなし群衆す。退散之期に及び、景時と途中に相遇う。彼輩之を怪しみ矢を射る。即ち、芦原小次郎・・・・」とあります。偶然に出会った印象として書かれていますが、一月の夜九時頃(亥の刻)に射的の帰りというのは不自然ですし、組織的に鎌倉からの密命を受けて、景時らを待ち伏せしていたのが事実ではないでしょうか。とにかく、ここで合戦の火ぶたが切って落とされました。

 左は昭和3030年代に、清見寺境内から三保半島方面を撮った写真です。今では海が広範囲に埋め立てられ、道路や港湾となっていてます。ですから清見寺の下は狭くて関所があった、とイメージしにくいですが、当時は海岸線が清見寺のすぐ下まできていたのですね。

 梶原景時史跡めぐり その1

 梶原景時史跡めぐり その3

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2011年3月19日 (土)

梶原景時史跡めぐり その1 清見関1

 梶原景時って名前はご存じですか?鎌倉時代の武士です。源頼朝の死後に鎌倉を追われて、清水区(当時の「高部の庄」)で命を落とした武士です。古くは、大悪人として評価されていましたが、今ではそのような評価はなくなっています。その辺りの詳細はウィキペディアの「梶原景時」のページをご覧ください。
 この梶原景時と高部地区を中心とした清水区の史跡を発表する機会がありました。その時に使った原稿を読み切りの形に編集し直して、少しずつ当ブログで紹介していきましょう。

 先ず、興Photo津清見寺の下、国道脇に「清見カ関跡」の碑が立っています。左の写真は興津清見寺。この写真の右の方に碑があります。
 鎌倉を脱して西に向かった景時を襲う合戦はここで始まりました。Photo_2ここは清見寺山が海(駿河湾)に迫った所で、ここを通る東海道と平行する脇道はなく、むかし関所があったというのもうなずける地勢です。脇道は今でもほとんどなく、先日の東北大震災で大津波警報が出され、国道が通行止めになった際にもお手上げ状態でした。

 梶原景時史跡めぐり その2

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2011年3月18日 (金)

紫の花畑

Photo_3  これも、静岡市駿河区のある駐車場脇の荒れ地に咲き乱れていた紫の花です。
 名もない花、なんて言うと、その花に怒られそうですが、小さくて、名前もよくわからない花が一面に咲いている風景もなかなか味がありますね。先日記事にした田んぼの白い花畑も、ここも、まわりの道を歩いている人は全然気にしていないようでした。

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2011年3月17日 (木)

尺取り虫

Photo_2  自宅の玄関を出たら、柱に枝が???と、よく見たら尺取り虫でした。移動する時に全身を使い長さを測るようにして動く姿がユーモラスですが、このように枝になりきって木につかまっている姿も、なかなか健気な感じです。
 しかし、柱にこんな枝はないよな。尺取り虫クンもそこまでは気が回らなかったようです。

 弟に被災の状況を聞きましたら、水道管が液状化で、グチャグチャになり復旧のめどが立たないそうです。確かに電気に比べて、都市ガスや水道は壊れてしまうと直るのに時間がかかりますね。

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2011年3月16日 (水)

白いお花畑

Photo  先日、静岡市駿河区を走っていましたら、田んぼが一面の白い花。別にどってことない花ですが、これだけ多く咲いているときれいなお花畑です。
 いつも稲が植わっている田んぼですが、春にはこんな風景にもなるのですね。思わず車を停めて写真を撮ってしまいました。

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2011年3月15日 (火)

東北関東大震災

 地震被害の全体像がまだまだわかりませんが、大変な被災状況です。
 私の弟家族も、実家の神奈川に一昨日、避難してきました。いわき市では電気もなかなかつかず、原発も不安な状況だったので避難してきたようです。その後、立て続けに福島原発で事故が起こり、いわき市まで影響が広がってきています。いつ帰れるか、状態のようです。
 父の実家の栗原市はまだ連絡が自由にとれませんし、復興までにはかなり時間がかかりそうです。

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2011年3月12日 (土)

東北地方太平洋沖地震

 地震と津波に加えて原発事故まで、なんとも・・・。
 私の父の実家は宮城県栗原市です。震度七でしたが、電話も何も全く通じません。また、私の弟は福島県いわき市にいますが、こちらも全く電話はダメ。まぁ、両方とも何とか無事は確認できましたが、地震の際は本当に普段の通信手段は使えませんね。
 まだまだ、被害の全体像は不明ですが、一人でも多く無事でいることを祈ります。

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2011年3月10日 (木)

2011年3月新静岡センター工事進捗状況

110304  先日、外側のシートがとれてきた、と記事にしましたが、いつもの県庁別館の21階から眺めると写真の通りです。少しずつ脱皮する感じですかね。
 また、クレーンが奥(南東側になるのかな)の方へ移動したのもわかります。手前の方のクレーンを使った工事は終了した模様ですね。

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2011年3月 9日 (水)

続いて、ヤマメを美味しくいただきました

Photo  何と、続いて近所の別の方から今度はヤマメをいただきました。カミさんが言うに、我が家に来た時にはまだ息をしていたようです。新鮮そのもの♪
 感謝しつつ、これもはらわたを出して塩焼きにしていただきました。春の味ですなぁ。

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2011年3月 8日 (火)

美味しくアマゴをいただきました

110301  先日いただいたアマゴは、その日の内に塩焼きでいただきました。「デカイのが釣れましたね」と言うと、「これは半月前に成魚放流したものだよ」と教えてくれました。なるほど、それならデカイわけだ。
 私は釣りはやりませんが、魚は大好きです。

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2011年3月 7日 (月)

玉子が豊作

113001  まだ寒い日もありますが、ニワトリたちは玉子の量産体制になっています。暖かくなる頃に玉子を抱きヒヨコに孵すタイミングを考えると、今頃から玉子を産むのです。我が家のニワトリさんはもう若くはないので、晩秋から産卵数がドンと落ちていましたが、2月の末頃から上向いてきました。
 写真の左にある小さいのは、昨年やって来たチャボ、「鶉尾(うずらお)」の玉子です。

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2011年3月 6日 (日)

葬式がありました

Photo  先日、もより(隣組)で葬式がありました。葬式は予告なくやってくるものですが、通夜や葬式当日はもより総出で応援しますが、陣頭指揮を執るのは「組長」です。たまたま、月一で開かれるもよりの寄り合いで、「あと一月平和でありますように」と組長が挨拶をして会合を閉じてから2時間後に「ジィさんが亡くなった」、と連絡がありました。私が組長の時も3月に葬式があったなぁ。「もう少しでお役ご免」のこの時期に意外と葬儀が多いものです。
 写真はもよりで作った「花団子」。色々な葬式グッズを作るのも毎回もよりの仕事です。

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2011年3月 5日 (土)

鳥の巣、発見

Photo_4  庭の木を切っていましたら、鳥の巣が出てきました。目の高さぐらいのところにありましたが、木にはトゲトゲがあり、ネコやヘビなどが近づけない環境だったのでしょう。
 しかし、今時の巣と言うのでしょうか。ビニールひもなどが多く使われていますね。

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2011年3月 4日 (金)

渓流釣り、大量♪

Photo_3  興津川の渓流釣り、近所の方も釣っていましたので声をかけましたら、釣りの成果はご覧の通り。なかなかの数です。まだ小さいのは再び流す、とのこと。しかし、これだけ釣れれば楽しいし、晩酌のつまみにもなり、実益を兼ねますね。
 今年は冬が寒く、雨も少なかったせいか、魚の生育はイマイチのようです。右側に寝ている大きなあなごを2匹いただきました。

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2011年3月 3日 (木)

室内育ちのレタス

Photo_2  3月に入りましたが、三寒四温の日が続いています。畑は先日ジャガイモの第一弾を植えましたが、葉物などはまだ霜などがある関係で植えていません。
 2月の中頃、レタス苗が園芸店で見つけました。上のような状況なのでとても畑には植えられませんが、室内で育てれば食べられるようになるかな、と購入していくつかのプランターに植えつけてみました。日の当たる窓際に置いて半月経ちましたら、食べられる大きさになりましたので、さっそく朝のサラダにしました。
 そうか、室内ならかなり早い時期から育てられるな、と改めて思いました。来年はもっとたくさん育ててみましょう。

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2011年3月 2日 (水)

大平鎮札神社祭典

110301_2  大平にある鎮札神社では毎年3月1日2日はお祭りをしています。
 昔は地元の小学校(西河内小学校)も休校になったそうです。ローカルホリデーがあったのですね。屋台などもずらりと並んだそうですが、現在はご覧の通り。少し淋しい気もしますね。それでも、西河内地区に春を迎える大切な行事として続いています。

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2011年3月 1日 (火)

3月1日、渓流釣り解禁日

110301  今日、3月1日は興津川の渓流釣り解禁日です。曇天にもかかわらず早朝からにぎやかです。我が家の前もご覧の通り、道路は駐車場と化しています。
 黄色いジャケットを着た漁協の監視員と話しをしましたら、マナーの悪い釣り人もいる、とのこと。釣りをするには鑑札を買い、身体の見えるところにつけておくのがルールですが、つけていない釣り人もいて、土手から声をかけても振り向かないので、川の反対側にまわって声をかけるとか。しょうもない輩もいるものです。釣り人の皆様、10月14日までルールを守って楽しんでくださいな。

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