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2011年4月13日 (水)

梶原景時史跡めぐり その11 東関紀行

1  さて、東関紀行(とうかんきこう)という本があります。これは作者不詳ですが、1249年に京都から鎌倉までの旅道中を記した書物で、後の平家物語や松尾芭蕉などにも大きな影響を与えた本です。その中に、
「ある木陰に石を高く積み上げて、目に立つさまなる塚あり。人に尋ぬれば梶原が墓となん答う。」
とあります。

4  この東関紀行は景時が死んでから約50年後に書かれた紀行文ですので、景時の墓は亡くなってからすぐに建てられたことがわかります。時の権力から疎まれて討たれた者の墓が、その死から程なく作られたのは異例ともいえるでしょう。そこには、景時が死んでから何年も経たぬうちに、社会情勢が変わりその死を悼むようになった背景があります。

 梶原景時史跡めぐり その10

 梶原景時史跡めぐり その12

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