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2011年4月21日 (木)

梶原景時史跡めぐり その13 梶原堂

Photo_2  景時と一緒に自害した景高の子、景俊は梶原山の自害した地に祠(ほこら)を建てて、傍らに景時親子三人の墓を作ります。この祠を「梶原堂」と言います。その後、160年して、景時の八代の孫、景慶(かげよし)が矢崎山の山腹に梶原龍泉院(寺)を建てて、景時とその一族を祀ったとされます。
 そして時代が移り、明治元年の神仏分離令で龍泉院は廃寺になり、残された梶原堂は昭和37年に東名高速道路の建設工事の際、山腹から現在の大内の地へ移されます。

Photo_3  右側の並んだ石碑が梶原親子の墓です。
 現在でもこの地域では3月の第一日曜日に供養際を開いています。

 梶原景時史跡めぐり その12

 梶原景時史跡めぐり その14

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