« 梶原景時史跡めぐり その6 高源寺供養塔 | トップページ | 静岡市メガフロート »

2011年4月 2日 (土)

梶原景時史跡めぐり その7 いよいよ最期の地へ

Photo_2 北街道を西へ戦いながら進んできた梶原軍ですが、各地で打撃を受け、軍勢はわずかしか残っていませんでした。
 清見関で始まった合戦ですが、それまでは平らなところで戦っていたのが、ここへ来て山がすぐ横に迫る地形となります。そうなると地元軍の方が地の利があり断然有利。
 この、大内の矢崎で(航空写真の左下の「大内」と書いてある辺り、67と書いてある細い黄色い道が北街道、これを右の方から進んできた)、吉香小次郎の計らいで裏山から攻め下っだった軍勢により、決定的な打撃を受けます。
 そして、景時は、子の景季(かげすえ)の勧めに従い、景時・景季・景高の親子三人は数人の味方の武士とともに山へ分け入ります。

 梶原景時史跡めぐり その6

 梶原景時史跡めぐり その8

|

« 梶原景時史跡めぐり その6 高源寺供養塔 | トップページ | 静岡市メガフロート »

梶原景時史跡めぐり」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100011/51246965

この記事へのトラックバック一覧です: 梶原景時史跡めぐり その7 いよいよ最期の地へ:

« 梶原景時史跡めぐり その6 高源寺供養塔 | トップページ | 静岡市メガフロート »