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2011年5月14日 (土)

両河内の民話 中河内樽「おくり狼」

 江戸の文化年間(1804~1818)のこと。中河内の樽というところに、力もあるし、肝も据わった若者がおり、炭焼きをして暮らしておった。朝は早く起きて、樽峠を越え、甲斐の国境のあたりで炭を焼き、日暮れになると、また峠を越えて帰ってくる、そんな毎日であった。
 ある日のこと、若者がいつものように薄暗い山道を急ぎ足で峠にさしかかると、後ろからヒタヒタと一匹の狼がついてくる。
(こいつは困った。走れば飛びかかってくる、倒れたりしたら食いつかれるにちがいない。弱ったことになったわい。)
若者はそう思いながら、どうすることもできず、用心しながら歩いていた。
 峠を越えたあたりで振り向くと、狼の姿はない。
 「やれやれ」
若者は額の汗をぬぐってほっとした。
 それからも炭焼きの帰り、峠の暗い道を歩いていると、また狼がついてくる。
 若者がそのたびに用心に用心を重ねて歩いていると、峠を下ったあたりでまた狼はどこかへ行ってしまう。
 次の日も、また次の日も、狼が若者の後をついてくる。
 そのうち、若者もすっかり慣れてしまい、狼が出てこないと淋しく思うようになった。
 ある晩、若者はついてくる狼に、
 「毎晩送ってくれて、おかけで夜道が淋しくなくてええわい。こりゃ、送ってくれる駄賃だ。」
と言って、塩を五合ばかり紙に包んでやった。狼が塩を好むと聞いたからである。
 次の日も峠あたりで狼が若者を待っていた。
 若者が近づくと狼は昨日のお礼のつもりか、イノシシの足をくわえて引きずってきて、若者に持って行けというそぶりをする。
 次の日には、若者がそのお礼にと赤飯を炊き、ごま塩をたっぷりかけて狼に食わせてやった。
 それからというもの、若者と狼はすっかり仲良しになって、峠の夜道を歩くのが楽しくなったという。

110507  写真は河内で見つけた「藤の花」。よく剪定されていて、小さいですが、満開でした。

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両河内の民話」カテゴリの記事

コメント

お茶、本日いただきました。ニュースで心配な事を言っていたので、ちょっと心配してました。とれたんですね。初夏なんですか?札幌は、桜はほぼ終わりになりましたけど、私などはキルティングの上着をきてます。ありがとうございました。昨日、車で1時間ほどかかるところに「道民の森」と言うものがあって息子と山菜採りに行きましたが、雪が駐車場の脇に残ってました。(*^-^)

投稿: 佐藤 久美子 | 2011年5月23日 (月) 19時20分

佐藤久美子 さま

 はい。初夏、まにですが、今朝辺りはまた寒いです。しかし雪はありませんが。この時期、北海道で山菜は何が採れるのかしら。ワラビやノンビルなどは当地方ではそろそろ終わりです。ノンビルは先日庭のを見たら「ノンビル坊主」がついていました。

投稿: ももたろう | 2011年5月24日 (火) 04時55分

狼の伝承を調べていて、こちらを見つけました
私は清水出身で(今は東京ですが)両河内にも「送り狼」の話があったのは、驚きでした。
両河内とか庵原、あの近辺は、川遊びに親とよく行ったので、懐かしいです。
夏に三峯神社で狼の企画展をする予定です。せっかくなので出身地でも狼が関係する伝承があるのか、掘り下げてみたいです。
突然の書き込み失礼しました

投稿: yoshiho | 2011年6月16日 (木) 08時51分

yoshiho さま

 コメントありがとうございます。
 両河内はお山の中ですので、狼の存在は近いものだったのでしょうね。さすがに今、見かけることはありませんが。是非、我が家の畑に出てくるアナグマを追っ払って欲しいですが、笑。
 三峯神社は秩父のでしょうか。よい企画展となりますように。また、どうぞブログにお寄り下さい。

投稿: ももたろう | 2011年6月18日 (土) 07時14分

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