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2011年8月31日 (水)

両河内地区体育祭

110828  8月28日の日曜日、両河内地区の体育祭がありました。我が河内自治会は事前に予定されていた3日間の練習日が全て雨にたたられ、練習ゼロで本番に臨むことに。
 当日は暑いぐらいの晴天で、一日交流しながら楽しみました。終われば慰労会。今年は私の組が担当なので女衆も準備に大わらわ。
 街場では多分こんなに盛り上がらないのでしょうね。私が越してきたのは20年以上前になりますが、当時は豪勢なオードブルも注文したりして、もっと派手だったな。それでも疲れましたが、楽しい一日でした。

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2011年8月30日 (火)

2011年8月 新静岡センター工事進捗状況

110804 北街道から見た新静岡センター「セノバ」です。
 10月のオープンを目指して工事も最終盤ですが、完成後の駐車場不足や周辺の渋滞を懸念する声も出ているようです。
 旧の新静岡センターが取り壊される前から毎月続けてきた本シリーズですが、そろそろ終わりが近づいてきました。

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2011年8月28日 (日)

田辺静岡市長名刺の裏面

Photo_3 先日紹介した、田辺市長の名刺の裏には、ちびまる子ちゃん作者のさくらももこのメッセージが載っていました。静岡のPRには効果があるのはよくわかりますし、このようなやり方は私も賛同します。
 しかし、この字は小さい。老眼の入ってきた私には読むのが一苦労。気持ち、文字を大きくするか、太くしてくれるとありがたいのですがねぇ、市長いかがでしょう?

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2011年8月26日 (金)

福島県から多数の児童が県外転出

 福島県の原発被災地から幼小中の子どもの内、約18,000人が県外へ転出した、との記事が出ていました。福島県のホームページで統計を見てみましたら、おおよそですが、同年齢の子どもは約20万人いるようですので、県全体でも一割がいなくなった計算です。

 実は私の弟一家も福島県いわき市に住んでいまして、原発事故後に「子どもの通うのは30キロ圏外で一番近い小学校だ(32キロだそうです)」、とか色々言っていましたが、夏休みを期に実家の茅ヶ崎へ一家で移り住みました。
 実家は、一応二世帯が住めるようになっていますが、今までは老夫婦だけの生活でした。広いスペースは卓球台などが置いてあったのですが、そこへ弟一家がやってきたのです。上の数字には弟の娘達も含まれているのでしょう。

 弟一家はいわきで土地を購入し家を建てたのですが、こんな事態になってしまいました。全く人生には何が起きるかわからないものです。110824

 写真は、先日パル散歩中に見た雲です。

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2011年8月24日 (水)

静岡市長、田辺信宏氏の名刺

Photo_2 先日、私のいる両河内の自治会と、隣の連合自治会である庵原自治会との交流バーベキュー会がありました。私も自治会の役員として参加しましたが、その交流会に過日の選挙で初当選した、田辺信宏新市長がみえました。
 短い時間ですが、お話をしまして名刺をもらうと、右肩にちびまるこちゃんがいました。
 今や、国民的漫画となった感のある「ちびまるこちゃん」ですが、作者の「さくらももこ」氏はご存じ清水の出身。合併して静岡市ですので、ちびまるこちゃんも市の宣伝に大いに活躍します。そういえば、JRの清水駅にも静岡駅にもちびまるこちゃんがいたな。
 市長は、「この名刺が伝わらない人には従来の名刺を」とのことで、二種類を持ち歩いていました。

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2011年8月23日 (火)

静清(せいしん)バイパスのカエルの行進

Photo 国道一号線のバイパスである、静清(「せいしん」と読みます)バイパスは場所によっては慢性的に渋滞しています。二車線化の工事が進められていますが、その現場はこんな感じでした。普通によく見る、円錐形のコーンでなく、カエル型のもので、たくさん並んでいると、まるで行進しているようです。
 渋滞していても、幾分かは気持ちも和らぎそうです。

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2011年8月22日 (月)

聖一国師の祖母? 米沢官女

Photo_2 静岡茶の祖、聖一国師の母は坂本姫、と安倍郡清沢村史にありましたが、その坂本姫の母は「米沢官女」といい、京から落ちのびてきた女性、との伝説もあります。確かに現在、聖一国師生家にお住まいの子孫も「米沢」姓でした。
 その伝説が残る静岡市葵区栃沢は名馬の産地です。源頼朝に名馬「磨墨」を献上したのが米沢官女で、その磨墨の足跡が残る石が栃沢にあります。以前リネンさんが書き込みで教えてくれたものがこれですね。
 静岡新聞の連載にも載っていたものですが、現地や付近に全く案内がなく、たまたま農家で聞いたらその家の前にありました。
 聖一国師の母と祖母の話し、本当かな?このような話しは、ロマンがあって私は好きです。

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2011年8月21日 (日)

聖一国師の母? 坂本姫

Photo 安倍郡清沢村史によると、静岡茶の祖、聖一国師は母の「坂本姫」と「御所ノ五郎丸」との間に生まれた子、となっています。御所五郎丸、といえば曾我兄弟の仇討ちの際、仇討ち後に弟の蘇我五郎丸を組み伏せて捕まえた、怪力の持ち主。
 そんな、豪傑と結ばれて聖一国師を産んだのが坂本姫。その坂本姫が顔を洗ったというところが「坂本姫の顔洗い場」。そしてこの地区を「坂本(静岡市葵区)」と呼ぶようになったそうです。
 現在の集落からかなり離れた山の中に「顔洗い場」はあります。確かにくぼみに水がわいており(オタマジャクシも泳いでいた)ますが、わざわざこんな所まで顔を洗いに来るのかな??と感じないわけではありませんでしたが、笑。

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2011年8月20日 (土)

聖一国師(しょういちこくし)生誕の家

Photo 静岡茶の祖といわれるのは「聖一国師(しょういちこくし)」です。彼が中国から持ち帰ったお茶の種を静岡の足久保に植えたのが静岡茶の初め、といわれています。
 その聖一国師が生まれた家が静岡市葵区の大川地区栃沢に残っています。堂々とした立派な家ですが、現在の御子孫に聞きますと、この家は80年ぐらい、とのこと。国師は鎌倉時代の方ですので、その頃から今私が見ている山々を眺めて生活している人がいた、と考えると日本の歴史を感じます。
 静岡市の山家の地区を「オクシズ」といって、地域おこしを色々やっていますが(私のいる両河内もオクシズの一部です)、お茶に関する史跡もいくつかあります。

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2011年8月18日 (木)

山の下刈り その4

4 暑い季節の下刈りは本当に重労働ですが、以前は草刈り機もなかったので鎌でやっていたのです。鎌といっても普通想像するのは片手に持って草を刈るやつですが、下刈りで使うのは両手で持って振り回す大型のものです。
 それにしても、とんでもなく重労働でしょうな。一緒に下刈りをしている60代後半の方から話を聞きますと、「昔の鎌を使っていた頃に比べれば、草刈り機を使っていればこの年になっても上半身の疲れはさほどでもない」とのこと。何とも、鍛え方が違うのでしょうね。私ら、多分その年になったら無理じゃないかな、と正直なところ思えます。

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2011年8月17日 (水)

山の下刈り その3

3 カヤ軍団から檜姫を救い出す下刈り作業ですが、椿姫は時々親衛隊を持っていまして、救出作業に当たる私たちを攻めてきます。「来るのが遅いわよ!!」とばかりに。親衛隊の正体は「ハチ」です。夏の山仕事をしていると、夕方にブヨやアブが出てきて、不快になりますが、ハチは一番痛いですね。カヤなど、刈る草にハチの巣が付いている場合は、たたき落とした瞬間にハチたちがウワッと飛び上がってきますので、慌てて人間は待避します。マイホームを壊されるのでハチが怒るのも仕方ないですが。
 ところが植林にハチの巣がついている場合は、気づかずにいることが多く、刺されてから探したら巣があった、というケースがほとんどです。今回は私も二発刺されました。恐いハチもいるので、気をつけねばなりませんね。

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2011年8月16日 (火)

山の下刈り その2

2 植林の下刈りで、主に刈るのは「カヤ」です。一年刈らないでおくと、カヤが地層みたいになってしまい、ものすごく厚くなります。ちょうどかやぶきの屋根を草刈り機で切っている感じです。
 今回の植林は植えて数年ぐらいですが、カヤの背丈とほぼ同程度。人間の背丈とも同じぐらいです。杉はまだいいのですが、檜は上から草で押さえられると成長が悪くなります。そうすると、草の方が背が高く、その中から植林を見つけ出す感じでカヤを切っていきます。カヤ軍団から檜姫を救い出す感じですね。「姫、どこにおわします?」「ここよ♪」。僅かに出た葉っぱを見つけ、植林の位置を確認して、まわりのカヤを切っていきます。
 実は、山林業界の言葉としては、草を「切る」とか「刈る」とは言わず、「叩く」と言う場合があります。これだけ分厚い草を相手にしているとその言葉が実感できます。

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2011年8月15日 (月)

山の下刈り その1

110801 8月お盆の前は一番暑い時期ですが、その暑さの中、山の下刈りに行きました。水分補給は十分に、ということで作業中は8リットルぐらい飲んでいたでしょうか。その間トイレに行きませんので、全部汗になっていたのですね。人間はたくさん汗をかけるものだ、と改めて感じました。帰宅してからはビールをまたまた飲みますし、朝も牛乳など飲んでいますし、一日10リットルは飲んでいたのではないかな。
 しかし、何日か続ければ身体も慣れてきて、体重も落ちます。ダイエット希望の方にお勧めです♪最初はかなりキツイですが、笑。

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2011年8月14日 (日)

山口行き その7

110807pr 今年山口では国体が開かれます。どこを走っていても国体歓迎の表示が見られます。
 また、山口は幕末や明治維新の中心地のひとつ。「大村益次郎生家跡」などとかいてある小さな公園が道沿いに見られたりするのも楽しいです。
 次に行く時には、萩や下関の方にも行ってみたいものですな。お世話になった皆様、ありがとうございました。

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2011年8月13日 (土)

山口行き その6 山口七夕ちょうちん祭り

110806 たまたま行った日に山口市で一番大きな祭り、といわれる「七夕ちょうちん祭り」をしていて、地元の仲間に案内してもらいました。「ちょうちん祭り」と聞いてもイマイチイメージがわかなかったのですが、行ってびっくり。先ず人の多さよ。そして、ちょうちんの見事さ。その数、数万とも10万とも言われますが、中心商店街からその他の道まで、ものすごい数です。そして、そのちょうちん、全てロウソクで火が灯されています。風が吹くとちらちらしたり、遅い時間になると消えるのが出たり、風情があります。しかしこれ、点灯する時は一斉にやるのでしょうが、その風景も見応えがありそうですね。また、途中で雨になったらどうするのかな。などと考えながら人波にもまれていました。

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2011年8月12日 (金)

山口行き その5 バリそば

110805_3 小郡プチ観光を終えて、さて食事。何を食べようかな。と新山口駅前を自転車でうろうろしていましたら、「バリそば」の看板が目に入ってきました。ずいぶん前に記事にしたことがありましたが、そうか、ここにもお店があったんだ、と迷わず決定。久しぶりにいただきました。
 このバリそば、山口県民であっても山口市民以外では「何それ??」といった反応もあるそうです。昨今はやりのご当地グルメじゃないですが、もっと広まってもいいように思うのですが、今でも知る人ぞ知るメニューです。

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2011年8月11日 (木)

山口行き その4 三原屋事件殉難者の墓

110805_2 其中庵に自転車で向かっている時、興味を惹かれる案内が出ていましたので、其中庵に行った後に行ってみました。そこは「三原屋事件殉難者の墓」。幕末、長州藩で攘夷思想が台頭してきた際、幕府から問責団が来たのですが、奇兵隊の一部隊員がこともあろうに全員を殺してしまった事件での犠牲者の墓です(正確には6人いた問責団の内、襲撃の際に殺された3名の墓。残りの3名は逃げ出しますが、彼らも二日後に殺されています)。
 写真の父さんは、近くのお寺のご住職です。私が道を尋ねたら、わざわざ現地まで案内してくださいました。私が、写真を撮りましょう、と言うと「いいですよ、いいですよ」と言いながら帽子をとってポーズを作ってくれました。また、色々とお話をしてくれたのですが、正直言ってよく内容がわかりませんでした。お年は聞きませんでしたが、いつまでもお元気で。

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2011年8月10日 (水)

山口行き その3 其中庵

110805 ホテルのフロントで教えてもらったのは「其中庵」。そう、種田山頭火が一時期住んでいた庵です。自転車をこいで坂道を上り、行ってみました。もう5時を過ぎていたので、雨戸は閉まっていましたが、庵のまわりはぐるっと一周できます。小郡の町が一望できる、なかなかよいところに建っていました。誰もいなかったのでゆっくりと山頭火に思いをはせることができました。
 まぁ、私としては、ここに来ることができただけで夕方の散策は満足♪
 

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2011年8月 9日 (火)

山口行き その2 ホテルアクティブ!山口

110805_2 夕方に新山口に着き、暗くなるまで時間があるので観光を、と考えネットで調べたら、「残念ながら新山口駅周辺に観光地はありませんのですぐ山口へ移動することをお勧めします」などという書き込みもあり苦笑しました。お寺や神社でもないかな、とホテルのフロントで聞いたら相談に乗ってくれました。おまけの自転車までただで貸してくれます。親切でした。
 また、ここのホテルはずいぶん前になりますが、、完成した当初にも泊まったことがあります。朝食が無料サービスなのですが、当時はふりかけをまぶしたおにぎりとパンがあるだけでした。それが今ではしっかりとした和洋バイキング。これで4000円台で泊まれるとはお得な感じです。友人に聞くと、やはり競争が激しい結果だとか。
 写真は新山口駅の在来線ホームです。
 

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2011年8月 8日 (月)

山口行き その1

110805 頼まれ仕事がありまして、久しぶりに山口県へ行きました。
 もちろん新幹線で行きましたが、山陽新幹線館管内では、車内放送で「何分頃右手に姫路城が見えます」、「マツダスタジアムが左に見えます」、と観光案内がよく流れました。熱心なことだな、と思っていましたら、山口の友人に言わせると「車掌によっても違うよ」とのこと。私の乗った新幹線はたまたまよくしゃべる方だったのですね。まぁ、たまに訪れる者にとってはありがたいことです。
 写真は新山口駅。鹿児島までつながったせいか、夏休み週末のせいか、新幹線の下りは結構混んでいました。今まで新大阪よりむこうは空いている、とのイメージがあったのですが。
 何回か山口の話題を載せましょう。

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2011年8月 4日 (木)

清水港祭り前夜祭

110730_3 7月30日に清水皆と祭りの前夜祭がありました。あいにくの雨でしたが、我が両河内地区は両河内中学の体育館で踊りました。
 聞くところによると、前夜祭をやらない地区が増えているとか。また、今回のように雨が降ると中止にするところも多いそうです。律儀に開くのも山里のよいところでしょうか。
 集まる人数を考えると、中学のグラウンドで行うよりも、かえって体育館の方がよいかも。毎年恒例で私も太鼓を叩きました。

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2011年8月 3日 (水)

興津川がきれいになった??

110730 台風6号で増水した興津川ですが、水が引いたらご覧の通り。アシがきれいに流されてしまいました。
 しかし、流された草はどこへ行くのかな。やはり「海」でしょうね。しばらくすると、ブランクトンのエサにでもなるのでしょうか。

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2011年8月 2日 (火)

河内白髭神社

110724 一年に一度、神社が化粧をする季節です。ここは河内片瀬の白髭神社。大きなのぼりがこの季節だけ登場します。
 杉尾山をバックにした山里の風景に惹かれますが、私だけかな、笑。

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2011年8月 1日 (月)

メガフロートのお値段は3億7千万円

110730_2 4月に東電の福島原発に向けて出発した清水港にあったメガフロート。静岡市は3億7000万円で東電に譲渡の希望だそうです。写真は7月30日付けの静岡新聞。
 話しがうまくまとまるかな。

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