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2018年5月26日 (土)

手話通訳塾 1

静岡県手話通訳問題研究会の会報で今年に入り、いくつかの連載を記事にしています。その一つが、私の手話通訳の経験に基づいて、若い通訳者へ伝えたい思いで始めた、「手話通訳塾」。以下は、その第一回目原稿です。


 新しい年になり、私も59歳。いま、通訳者の現任研修で講師をすると、「ポイントのメモが欲しい」などとよく言われます。私が手話通訳を始めたのは21歳の時。60歳を直前に今までの経験を振り返って、手話通訳の技術面等で気になることなどを文字にしておくことも後から続く方のためにも何かの足しになりそうです。と、正月の酒漬けの中でパソコンに向かい内容を整理してみると十回ぐらいは書けそうなので、書き始めることとしました。今回はその第一回目
 手話通訳をしている時の頭の働きは技術研修の際に必ず話題にします。私なりに分析をしてみますと、「話を受信し、話の展開を想像しながら言語変換をして発信している」といえるでしょう。「受信」との言葉を使ったのは聞き取り通訳なら日本語を「聞く」、読み取り通訳なら手話を「見る」との意味です。「発信」はその逆です。
 「想像」といいましても、頭の中で言語化できるような時間的余裕はありません。刹那に浮かぶというか、浮ぶような、ぐらいの感覚です。
スローモーションで聞き取り通訳を例に、その頭の動きを説明しますと、
健聴者講師が講演の冒頭で「今日(きょう)は」と発言すれば、私の頭の中では、
 多くの皆様にお越しいただき・・・みたいなお礼が続くのか、
 お天気の話題になるのか、
 会場に来る際にこんなことがあった・・のような周辺雑事話題につながるのか
を想像し、手話で「今日」と表しながら、次の展開を待つのです。
 「富士山が」と続いて発言があれば、①は違うな。どうやら②か③らしいが、「見えた、見えない」とのお天気を絡めた話しに行くのか、「自分の地域からは見えないけど静岡県はうらやましい」といった話題につながるのか、「富士山」を斜め上の方で表しながら、また話の先を想像しているのです。
 手話通訳を始めたばかりの時は言語変換の部分だけでアップアップ。「そんな余裕はとても無理、無理」な状態でしょうが、慣れてくると上記のような頭の使い方を続けて通訳を行っているのです。出てきた日本語を手話に置き換えるだけでは、たどたどしい手話表現になってしまいます(読み取り通訳の場合も同じ)。ですから上の例の場合、話しの展開を考えれば「富士山」の手話表現は自分の正面でなく、斜め上にくるのは必然です。ちなみに一般的な講演会会場なら「富士山」を左上に私は表します。何故、左上なのかは改めて、手話の空間の使い方について述べる際に話題にしましょう。
 手話通訳で頭が疲れるのは、「待ったなし」で話しの展開の候補を次から次へと頭に浮かべては次の瞬間には多くを消去し、また改めて話しの展開を組み立て直し・・・と、頭での作業を猛スピードで連続的に続けながら、言語変換も同時に頭で処理していることが原因です。それが証拠に長時間などで頭が疲れてくると、言語変換より、想像していくところの機能が私も顕著に衰えてきます。故に聞き取り通訳であれば、「聞いたまんまの手話表現」になってしまうのです。
 次回は手話通訳について私なりのトレーニングを何回かに分けてお話ししましょう。

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